映像を用いたフィジカル測定から考えるスプリントトレーニング
サッカーは前後半90分の中で直線走と方向転換を含んだ全力疾走を間欠的に繰り返しながら10 km以上の走行距離を記録し,そのうち10 %が高速度でのランニングであり,さらにスプリンントの回数は20から30回にも及びます(Barnes et al., 2014)。
Barnes et al.(2014)によるプレミアリーグでのパフォーマンスを調査した研究では、2006 - 07シーズンに比べて2012 - 13シーズンは総走行距離に変化はないものの、高速度ランニングやスプリント距離が有意に増加していました。また、スプリントの距離だけではなく、スプリント回数や最高疾走速度においても増加傾向が見られ近年のサッカーではスプリント能力が特に重要な能力だと考えられています。
さらに近年では、陸上競技出身者がプロサッカー選手にスプリントの指導を行う機会が増え、スプリント能力向上を目指した指導の需要が高まっていると思います。
実際に僕自身も練習後に選手からどうやったら足が速くなりますか?と尋ねられる機会も多くあり、その度にどういうアプローチをすれば良いのか日々悩んでいます。ただその中で日々試行錯誤していく中でなんとなくのトレーニングの指針のようなものが見えてきた気がするのでnoteを通して共有したいと思います。
※前提として対象者は成長の段階が最終段階にきて動きがある程度安定してきた高校生年代以降の選手を対象にします。またチーム全体に対するスプリント能力の向上というよりも個別的な選手のスプリント能力向上を目指したトレーニングの考え方を書いていきたいと思います。
現状の評価
まずトレーニングを考える上ではトレーニングサイクルの測定評価を行うことが特に重要になります。今現在の選手のスプリントについてタイムや動作の観点から評価を行いそこから選手の課題を抽出しトレーニングに落とし込んでいきます。
評価方法として、サッカー選手におけるスプリント能力の評価方法として様々な距離の測定が行われていますが、サッカーのスプリントの96%が30m以下のスプリントであること、短い距離よりも距離が長い方がスプリント能力の優劣が大きく出やすいことから30mスプリントを採用しています。さらにスプリントタイムはiPadを用いて撮影したスローモーション映像から算出し、その映像からフォームや接地様式、ピッチ、ストライド、接地時間などの評価も行っています。
様々な評価項目がある中でトレーニング計画を立てる際に個人的に注目している項目としては、接地様式と接地時間になります。
接地様式
スプリントの接地様式は以下の3パターンに分けることができるとされ、接地時間やピッチ、ストライドにそれぞれ特徴があります。
このようにスプリントの際、足部は唯一地面と接する身体の部位であり、全身の運動の結果として生まれた力が、足部を通して地面に伝えられることで、運動が成立しています。そのため接地の方法はスプリントに大きな影響を与え、それらの接地のパターンから選手の走りの特徴を見つけトレーニングを計画することは有効な手段であると感じています。
またそれらの接地のパターンを考慮に入れながらも選手の接地時間に注目することも非常に大切です。一般的にはつま先から接地する選手は接地時間が短く、踵から接地する選手は接地時間が長いと言われています。しかしスプリントが遅い選手は接地様式に見られる特徴と反するパターンを示すことがあります。
上の図は実際の選手の接地パターンと接地時間、滞空時間になります。
このようなつま先接地にも関わらず接地時間が長い選手は何が問題なのでしょうか?
つま先接地の選手の接地時間が短い理由としては、接地直前に下腿の予備緊張を行い接地直後に力を発揮する準備ができてきるため接地時間が短くなります。さらにそれに付随して接地してから離地するまでの股関節、膝関節、足関節の変位が少ないことが特徴として挙げられ、脚全体を固めて力を効率的に地面に伝える方法をとっています。しかし接地時間が長いスプリントが遅い選手というのは下腿の予備緊張や脚全体を固めることが出来ず地面と接地した際に力が逃げてしまう走り方になる場合が多いです。
トレーニング計画
それではそれぞれの接地パターンや接地時間の長い選手にどのようなアプローチを取る必要があるでしょうか?
その際にとても参考になる九鬼さんが作成したスプリントガイドを元に考えるととてもスムーズになると思います。
以下の図のファンダメンタルの部分の向上に努めつつ、接地のタイプごとにアトラクターの焦点を変えることが有効な手段のような気がします。
スプリントの疾走速度はピッチ×ストライドで表され、そのどちらかもしくは両方を向上させることで疾走速度が向上します。
接地パターンはピッチやストライドに影響を与え、それぞれの接地パターンごとに得意不得意が出てきます。そのため接地パターンごとにアトラクターの焦点を変え苦手な部分を向上させることで疾走速度が向上していくと考えられます。
つま先接地の場合は、接地時間が短く、ピッチが高い傾向にあります。そのため短い接地時間の中で大きな力を発揮しストライドを伸ばすようなトレーニングに焦点を当て、ヒップロックやプライオメトリクスなどを行うことで疾走速度が向上していくと考えられます。
踵接地の場合は、接地時間が長く、ストライドが長い傾向にあります。そのため接地時間を短縮しピッチを高めるようなトレーニングを行う必要があります。さらに踵接地の場合、振り下ろし動作がつま先型よりもやや低い位置から始まっており、俗に言う膝が上がらないような走り方をしています。そのためただ接地時間を短縮させるだけではなく、動作的に上からの接地を促すように脚の前さばきを獲得するトレーニングを行う必要があると考えられます。
そして接地パターンに関わらず接地時間が長い、地面にうまく力を伝えられない選手に対しては足首、膝を固めて接地時に脚が潰れないようなトレーニングを行い接地時間を短縮させ効率的に地面に力を伝えられるようになるのが最初の段階になると思います。その後接地パターンに合わせてトレーニングの焦点を変えていくことが有効だと感じます。
ただし接地時間長い選手は足首や膝を固めるトレーニングを行うだけではなかなか改善していかないような気がしています。接地時間が長い選手は繰り返す捻挫の影響や足部のアライメントに問題を抱えている選手が多く、背屈制限や不安定性などを抱えている選手が多い印象です。そのような選手に対しては、足部、膝を固めるエクササイズだけではなく、そもそもの足部の問題に対処するエクササイズを並行して処方することで改善していくような気がしています。
まとめ
このように映像分析を伴うスプリント能力向上のトレーニング戦略を接地様式の観点から考えてきましたが、接地様式からスプリントの動作や問題点の全てを考えるのは正しい方法ではないと思います。
しかし球技選手を対象とした場合やスプリントに対する知識が少ない僕のような人にとっては接地様式からスプリントの特徴を捉えることは分かりやすい観点になるのではないかと思い今回まとめてみました。
さらにサッカー選手のように、ただ速く走るのではなく、相手やボール、状況に対して速度を落とさずにいつでも方向転換をできる状態を作ることが重要になります。
そしてサッカーにおけるスプリントは、次の局面に対応することが前提であり、より頻繁に接地することを意味するピッチの高さによって向上されるべき(星川 ほか,2020)であり、リアクティブな方向転換においては短い接地時間が重要となるので、接地様式の観点からトレーニングを考え、接地時間の短縮やピッチの向上を目指す方法はサッカー選手においては有効な手段であると考えています。
編集後記
改めてスプリントについて書いてみると自分の知らないことの多さに恥ずかしさを感じますが、恥をさらすことで学ぶこともあると思うのでnoteにまとめてみました。
参考
星川佳広, 黒須雅弘, 天野雅斗, 中田有紀, & 中馬健太郎. (2021). U-15 (中学生) サッカー選手のスプリント加速局面のステップ長とピッチ: 速い選手と遅い選手の学年別比較. 日本女子体育大学附属基礎体力研究所紀要, 30, 7-19.
ISO 690
前田正登. (1999). 短距離走における足の接地に関する研究. コーチング学研究, 12(1), 193-201.
水島淳, 小山宏之, & 大山卞圭悟. (2016). 「はだし」 が児童の疾走動作に及ぼす影響: 接地様式に着目して. 発育発達研究= Japan journal of human growth and development research, (73), 13-19.
Miyamoto, A., Takeshita, T., & Yanagiya, T. (2018). Differences in sprinting performance and kinematics between preadolescent boys who are fore/mid and rear foot strikers. PloS one, 13(10), e0205906.