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最新作『死にがいを求めて生きているの』には小説の新しい楽しみ方がある

※2019年4月掲載記事

作家・朝井リョウさんと考える、SNSのある世界との距離の置き方。最新作『死にがいを求めて生きているの』で描かれる「平成の対立」というテーマから、この世界の漠然とした煩わしさの正体の話まで。

朝井リョウさんの最新作『死にがいを求めて生きているの』はとにかく異色づくしの小説だ。この作品は、1つのテーマを8組9名の作家が時系列ごとに描いていく、類を見ない文芸競作プロジェクト。作り手の立場からすると相当難易度が高そうなこの企画について、本人に詳しく聞いてみた。

最新作『死にがいを求めて生きているの』は、単行本ではあるけれど、単一の物語ではない。この作品のベースには、「日本で起こる『海族』と『山族』の闘い」という1つの壮大なテーマがあって、そのテーマを時代ごとに朝井リョウ氏や伊坂幸太郎氏など8組9名の作家が紡ぐという文芸競作プロジェクトなのだ。「この”難しい”プロジェクトのオファーをよくぞ受けたなあ」と思っていたのだけれど、当の朝井さんは意外にも前向きだった。

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「オファーをいただいた当時は企画の大変さをあまり想像していなくて、それよりも『伊坂幸太郎が呼んでいる、私を!』という感激と『伊坂さんに会える!』という期待で頭がいっぱいでした。年齢も若いしキャリアも浅いということもあり、先輩作家の方々の大きな船に乗らせていただける気持ちでいました」(朝井リョウさん、以下・同)

この企画は、名称を「『螺旋』プロジェクト』と言って、すべての作品をつなぐ1つの年表がある。「原始」、「古代」と時系列で進み、「昭和」、「平成」そして、「未来」へと続く。各作家が1つの時代のパートを担ってリレーのように作品を紡いでいく中で、朝井さんが選んだのは、やはり「平成」だった。

「一番、年下にも関わらず『平成をやりたい!』とお願いさせていただきました。薬丸さん(※薬丸岳氏)ほか、平成を担当したい方はたくさんいらっしゃったと思うのですが、平成以外を書くことはできない、と感じました」

そして、この企画のポイントは創作にあたってかなりの”制約”があること。「海族」と「山族」という2つの一族が対立する歴史というのは作品を縛るルールのようなもの。さらに、それぞれの作品の中に共通する場面や人物が出てくるという縛りもある。こうしたお題を与えられて書かれた長編というものは、読み手に自由創作とは違う楽しみを提供してくれるが、作り手である朝井さんはこの制約をどのように感じていたのだろうか。

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「以前、三谷幸喜さんが『舞台のように場所が定められていたり、背景を何回かしか転換できなかったりという制約があるから、逆に物語を進めることができる』というようなことを仰っていたのですが、その感覚はすごくよく分かります。ある程度の制約は、むしろ執筆を捗らせるんですよね。(他の作家の)皆さんも、想像よりは自由に創作出来た感覚が強いのではないでしょうか。ただ、自ら『平成』を選んだものの、いざ『海族』『山族』という言葉を地の文に出す時に、この時代が一番”浮く”なとは感じました。制約によりプロットではなく地の文に不都合が生じるというのは初めての体験で、それは正直かなり苦心しました」

制約の中でこそ生まれる表現もある。小説の新たな楽しみとして、各作家がこのお題にどのような視点で臨んだかを比較しながら読み進めるのもよいだろう。そして、このプロジェクトの面白さであり、作家にとっての難しさがもう1つある。連載当時は他の作家と同時並行で物語が進んでいた。その点で、他の作家の作品を意識しすぎることはなかったのだろうか。

「連載が始まったのが2016年の3月頃でしたが、その前に全体の構成のプロットを全員で共有するため発表し合うという時間がありました。控え目に言って地獄の時間です。(深夜番組の)『朝生(※朝まで生テレビ!)』みたいに三角柱に名前書いて手元において、みんなで円になって座って一人ずつ発表していくという。普段、同業者の方にプロットを見せることは決してないので、緊張感がありました。ただ、そのお陰でどの方がどういう話を書いていくかということを把握した上で取り掛かることができたので、あって良かったと思います。実際、連載が始まってから、途中で『ここでこういう繋がりが生まれたほうが面白いんじゃないか』といった話も出てきました。書いている最中に新たに加わる制約もあって、それは初めての経験でしたね」

作家との共創。読者にとっても新しい体験だが、この斬新なプロジェクトへの参加を通じて、朝井さん自身にも今までにない感情が沸き起こったという。

「自分で一つの作品を作るということとは別の感覚があって楽しかったです。私は同業者のことを、仲間というよりもライバルと思ってしまう癖があって、これまでは他の方の新作を読むとき、“楽しく読む”というよりは“ガラスを飲む”みたいな気持ちが強くありました。でも今回は、執筆自体は個人作業だったのですが、人の小説が注目を浴びることを喜べる状態でいられたっていうのはすごく良かったなと思います。実際、『絶対に全員がゴールまで走る』という想いは皆さんにもあったと思います。長いプロジェクトの途中で薬丸さんや澤田さんが賞を獲られたり(※2016年に薬丸岳氏は『Aではない君と』で第37回吉川英治文学新人賞受賞、澤田瞳子氏は『若冲』で第9回親鸞賞を受賞している)、伊坂さんの作品の映画化が決まったり(※2019年秋に「アイネクライネナハトムジーク」が劇場公開)、そういうことを純粋に喜べるという感覚が新しかった。アイドルがよく言う『個人の頑張りがグループに反映されたら嬉しいです!』という心境に近いかもしれません」


作家は、作品に対してストイックで孤独な環境で創作するというイメージを持たれがち。しかし、少なくともこのプロジェクトは、作家たちが共創を楽しむことによって生まれた新たな創作となった。そういう意味では、作り手にとってもかなり幸福なプロジェクトだったのではないかと感じた。続いては、作品のテーマとなった「平成の対立」について朝井さんに聞いていく。

(第2回に続く)

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