西荻を癒す繊細な美少女。バングラデシュ料理屋の二代目看板ネコに会いに行く
個性的なお店が並び、独特の空気感を持つ西荻窪は、お散歩をするのが楽しい街だ。そんな西荻窪の雰囲気を楽しみながら、ネコ写真家の石原さくらが看板ネコを訪ねる特集。2ネコ目は、小さなバングラデシュ料理屋で常連客から愛される、茶トラのちゃいろちゃん。
吉祥寺、西荻窪、高円寺、東中野の界隈には、私の若かりし頃、青春時代の思い出がたくさんあり懐かしい場所でもある。
モノクロにしたらいつの時代かよくわからなくなりそうだけど、ここは2020年の景色
西荻南口仲通り商店街には、昔からピンクの象が浮いている。
私が過去に目にしていたのは二代目ピンク象だったが、今は三代目。さらに可愛らしくアップグレードされ、すっかり街のトレードマークになっている。
アーケードになっている商店街には昔からピンクの象が浮いている。なぜピンクの象なのか誰かに聞けばわかるかもしれないけど、細かいことは気にしないのが中央線沿線のこの界隈の空気だと思う
路傍のサボテン群に自由を感じる
こうして少し歩くだけでも楽しい街だが、西荻窪駅南口から徒歩1分の場所には、柳小路と呼ばれる昭和レトロ感の漂う飲み屋街がある。夕方に近くなると人通りも増えてきて、この新型コロナ禍でも安心できる、換気バッチリなお店が立ち並ぶ。
昼間から飲んでいる人もちらほらいる飲べぇのための横丁でもある
そのうちの一軒のお店にかわいいネコがいるよ、という噂を聞きつけた。
西荻窪にはネコ好きの知り合いが数名住んでいて、今回の企画のことを相談した際、皆が「それなら『ミルチ』に行けば」と教えてくれたのだ。
多くのお店がひしめき合っているので見つけづらいかも
そんなわけで、ミルチを目指して横丁をウロウロと2周ほどしたところで発見。いかにもネコが好みそうな場所にあった。
バングラデシュ料理ミルチ。お店の外の貼紙から、時々ネコがいるんだなと確認できる。
「ねこが時々います。開閉注意おねがいいたします」
中に見えるカゴで寝てることもあるのかなと想像
約束の時間より少し早く着いてしまったが、お店にはマスターのバブさんの姿があったので声をかけたところ、どうやらネコは奥さんと一緒に出勤してくるらしい。普段からここに暮らしているわけではなく、飼い主であるご夫婦のお仕事中に一緒に出勤して、お店の2階で待っているとのこと。
しばらくすると、ミルチの奥さんとちゃいろちゃんがやってきた。ちゃいろちゃんは茶トラの女の子。
キャリケースから出て、いつものキャットフードを食べようとしたところ、私の持っているカメラを目にするとお店の2階に上がって行った。どうやらカメラが少し苦手らしい。
カメラを見て、それ苦手なんですといった表情
ネコが怖がっているのに気づかず深追いしすぎると、ネコにとっては嫌な思い出になってしまう。こういう場合はカメラのシャッター音がしないようにして、必要以上に近づかないようにして撮影することにしている。撮影されることが思っていたよりそんなに嫌ではなかったという経験をネコにさせてあげるようにすると、だんだんそれに慣れてきてくれる。モデルになったネコを撮影嫌いにさせないために私が心掛けていることである。
ちゃいろちゃんの緊張が解けるまで、ママにお話を伺うことにした。
「ちゃいろの話をしようと思うと少し長くなるのですけどいいですか」とおっしゃる。もちろんいろいろなエピソードが伺いたいのでとお願いしたところ、実はミルチには先代のちゃいろがいたというお話をしてくださった。
お店に飾られている先代ちゃいろの写真
先代のちゃいろは2016年頃からお店に現れるようになり、お店の営業時間前まではこの建物にいるが営業時間になるとどこかへ出て行き、また閉店時間が近づくとどこからともなく戻って来ていたそうで、全く人に懐くことはなかったがつかず離れずマイペースな暮らしを送っていた。
お店を始めてから4年ほど経った、2月の終わりのある日。いつもは人に近づいてこなかった先代のちゃいろが、急に奥さんの足下に座ってきて体を触らせてくれたそう。お客さんたちも「なんでだろう、今日は触らせてくれるねぇ」と皆で驚いていたのだけど、その夜を最後に、先代のちゃいろは二度と姿を見せることはなかった。
「きっと自分の最期を悟ってお別れにきたのかもね」って。野良ネコ然とした先代ちゃいろ、最後にお世話になった人たちへは何かを伝えたくて最期の力を振り絞ったのかもしれない。
先代のちゃいろが姿を見せなくなった同じ年の4月。近所の小学生の女の子が生まれたばかりの茶トラの子ネコを保護した。そのネコはすぐに知り合いのネコボランティアさんの元に預けられたが、先代のちゃいろと同じ茶トラのネコと聞いて、奥様は縁を感じずにはいられなかったそう。
お迎え当時のちゃいろちゃん
先代のちゃいろがいなくなってから、お店の周りにはネズミが出没し始めて困っていたのもあり、その子ネコを引き取ることに決めた。ただ、あまりにも小さい子ネコから育てる自信がなかったので、最初の1ヶ月ほどはボランティアさんに育ててもらってから迎えることなり、その子ネコは二代目ちゃいろを襲名した。
その二代目ちゃいろちゃんも、今では4歳。ちょっと繊細な女の子で、どちらかというと男性のお客さんの方が好みなのだとか。気が向けば自分からお客さんに挨拶しに行くことも多いそう。
きゅるるんとした目がかわいらしい
お店の営業時間は18時から深夜3時までだったが、今は新型コロナの影響もあり、だいたい深夜1時くらいまでの営業だそう。
お腹も空いてしまったので私も夕飯に「ベンガルプレート」をいただきつつお話を伺う。豆カレー、アルボッタ(ポテトサラダ)、ディンバン(オムレツ)をバスモティライスでいただく。アルボッタのピリ辛具合、お酒がすすみそうでとっても美味しい。
満腹になるベンガルプレート
ちなみに、ミルチで使われている野菜はママの実家のお父様が作られた自家製のものを使っている。こちらの南瓜もお父様作。
ミルチ南瓜
2階から階下に聞き耳を立てる
ちょっと警戒解けたかな?
ちゃいろちゃんがお店にいるようになってから、やはりネコは招きネコと言われるように、実際にお客さんを呼んでくれているように感じているという。
新型コロナ禍の自粛期間中には夜営業ができなかったため、昼のテイクアウトを始めるなど、夜型の生活から慣れない昼型の生活が続いた。それでも、昼営業をしたことで今までお店に来たことがなかったお客さんに料理を食べてもらえたり、新しいお客さんと知り合うことができたりしたそう。
大変なときでも、ちゃいろちゃんがいることで「まぁ、いいか」と思えるようになり、とても助けられていると奥さん。
ママに抱っこされると甘えん坊になる
今日は後ろ足で明日は前足
この日も大好きな常連さんに好物のちゅ〜るをもらいながら、爪切りをしてもらう。
「今日は後ろ足で明日は前足ね」と、まるで家族の団欒のようなあたたかい西荻の夕刻。ちゃいろちゃんの存在は、ご夫婦にとってもお店のお客さんにとっても、大切な癒しの存在になっているようだ。
階段から店内を眺める
ミルチのマスター&ママ
ぶらりと西荻窪で降りて、ちょこっと家族の顔を見にいく感覚で立ち寄れるお店。いつもの帰り道、こんな行きつけのお店があるだけで今よりも毎日が楽しくなりそう。
二代目ちゃいろは美少女なのよ
眠くなったら寝ますよ
取材・文/石原さくら