モテないおばさんが結婚に至るまでを書きたい6
斉藤さんはダボッとした厚手のセーターとオレンジ色のマフラーをしていて細身の黒いパンツを履いていた。髪は短いが茶髪でふわふわとパーマがかかっておりジョンレノンのような丸眼鏡を掛けていた。思わずイマジンを歌いそうになった。
テーブルを挟んだ反対のソファーに座り何か飲みましょう、と抑揚なく斉藤さんが進める。私はイケメンに動揺しまくり逃げたい吐きそう(水飲み過ぎ)な欲求を抑えカシスオレンジを注文した。カシスオレンジは唯一飲めるお酒なのでどうしても飲まなければならない時は注文する。しかも一杯が限界。
斉藤さんはビールを注文し、はじめましての乾杯。電子タバコを吸うのもビールを飲むのもイケメンは絵になる。タバコを吸う人は好きではないが似合う人もいるもんだとチラ見した。(目は見れない)
斉藤さんはビールを飲み露骨にぐったりしていた。すみませんすみませんこんなブスおばさんが来て本当にすみません、と心の中で土下座しながら「お疲れですね、お仕事大変ですか」と聞くと「実は今、日帰りの名古屋までの出張から帰ったとこで駅から走ってきたんです、さすがに疲れました」とのこと。なんと、日帰りで遠く名古屋まで行ってその帰りに私と会うなんて体力的にも無理がある。私なら絶対会うの止める。
「じゃ私と会うの今日じゃなくてもっと後の日の方が良かったんじゃないですか?」(会わなくてもいいけど)と恐る恐る尋ねると「いや、田中さん(私)俺と会いたくなさそうだったから早く会わないといけないと思って」と少し笑った。ギクーン!!!!水と心臓が口から出そうになった。
な、なぜバレたし!!なぜ私が会いたくないとバレてたし!!「いやいや、そんなことないですよ!なんでそんな風に思ったんですか?」と焦りながら質問すると「メールの返信遅いし、内容も俺に興味がないのわかったから」と斉藤さんはまた少し笑った。
さ、さすがイケメンや!!メールのやりとりで相手が何を考えてるんかわかるんや!女心なんてお茶の子サイサイや!ワイは猿や!プロゴルファー猿や!!
「ま、俺も北野さん(紹介者)が貴方を真面目ですっごい好い人だよ!!って何度も強く押すから断れないとこあったんで。お互い様ですね」と言った。
なるほど、正直な人だ。確かに私たちが会ってるのは紹介者の同僚、斉藤さんからしたら大事なお客さんの北野さんの顔を立てる為に会っているんだ。
斉藤さんは料理をばんばん頼みピザやサラダを私が出る幕もなく取り分けてくれた。気遣いのできないおばさんだ、だから独身なんだと思われてるんだろうな、と落ち込んだ。
恋愛の話しになり彼女はいつからいないか聞くと「もう2年もいないです。あれからしばらく恋愛はいいやーと思ってて」と。2年て「もう」なんだ…。2年前なんて先週くらいの感覚だ。私なんて39年相手がいなくて処女膜完全に閉じました!閉店ガラガラ!なんつって!!と言いたかったがさすがに避けた。
何人付き合ったかの質問には11人と言われてリアルにカシオレ吹いた。11人!?セブンイレブンいい気分!?
「お、多いですね…斉藤さん素敵だしモテそうですもんね…」と私がひきつりながら言うと「いやいや、モテないし年齢考えれば普通ですよ。まあいつもふられるし」とまた抑揚なく斉藤さんは言った。11人て年齢考えれば普通なのか。35歳のあなたより年上でいまだに処女の私はどう考えても普通じゃないですねわかります。わかってます、早く帰りたい。
「でも美容師さんてモテるんじゃないですか?優しいし」と聞くと「人によるんじゃないですかね、俺はそんなにモテないです。接客と私生活は別です。お客様に好意を持たれても付き合う訳にいかないし、飲み会とか好きじゃないしなかなか出会いなんてないんで」と冷静に話す姿を見てちゃんとした人なんだなぁと思った。美容師=チャラいと思ったけどそうでもないのか(偏見の塊り)
こちらの恋愛も聞かれ過去二人付き合った人がいるがもう10年くらい恋愛はしていない、と用意していたテンプレを披露した。(これは嘘ではない。モテないがデートとか何度かした男性は今まで二人いたけど処女だ。そういうことだ)
「10年もいないんですか、もったいないですね、田中さんいい人そうなのに」と淡々と斉藤さんは言った。
いい人と云われるのは慣れてる。いい人はどうでもいい人だとは誰が言い始めたんだろう。名言だと思う。
料理はお洒落なだけでなくどれも美味しかった。間が持たないのでとにかく食べた。話題がないので趣味を尋ねると ない、との返答。おいおい、私と話したくないのはわかるけど趣味がない訳だろう。そんな人間いるはずがない。
「ゲームとかマンガとか、なんでもいいんですけど。本当に何もないですか?」と私が自分の得意分野(悪い癖)を聞き出そうとするも「漫画も読まないしゲームもしません。本当にないんです。仕事が趣味みたいなところあるし」
か、かっけえええええ!!!!言ってみてえ!イケメンは何を言っても様になる!!ああ死ぬ前に一度は言ってみてえ!!仕事が趣味!!定時のチャイムが鳴ると同時にカール・ルイス(昭和)並みのダッシュをキメる私には嘘でも言えない!!
ここで考える、仕事が趣味はともかくとして(信じてない)きっと言えない言いたくない趣味があるんだろう。斉藤さんはぱっちり二重の濃いめのイケメンだけどどこか影があるというか、私が想像してる美容師という感じじゃなかった。私がブスだから暗いんじゃなくて(勿論それもあるだろう)どこか陰がある。それが話しててせめてもの救いだったが。
すると「あー…そういえば」と斉藤さんが重い口を開けた「趣味とまで言えるかわからないけど…ダムが好きでたまに見に行きます」と言いにくそうに言った。
ほう、ダムですか。私は趣味は広く浅くがモットーなのでダムも好きだった。「ダムいいですよねー。私一人でドライブがてらダム行きますよ。建設中の○○ダムもどこまで出来たかよく見に行くし。あの巨大さに圧倒されるのたまんないですよね」
これは媚ではなく本当にダムが好きだから出た言葉だったのだが私の返答に明らかに斉藤さんの目の色が変わった。「そうなんです、あの巨大なコンクリートを見るのがいいんです」とさっきより明るい表情でスマホを取り出しダムの画像や水の放流の動画を見せてくれた。ほうほう、と一通り見せてもらうと「女の人でダム好きなの珍しいですね」と斉藤さんが言った。本当はゲームや漫画やディズニーの方が好きだし詳しいがそれは軽く話して終わった。
この時点で夜10時。ダムで少し打ち解けたと言えイケメンといる苦痛はずっと変わらない。帰りたい。この空間から解放されたい。私がスマホを何度も見ると斉藤さんは「そろそろ出ましょうか」と察してくれたようで出ることにした。お会計はなかなかの金額になった。私はいついかなる時も奢られるのが絶対嫌なので割り勘を熱望したのだが斉藤さんも譲らず店員の男性にも「ここは斉藤君に花を持たせてやってよ」と苦笑いされたので渋々折れた。
店を出ると物凄く寒かった。1月の夜は冷える。斉藤さんが隣に来て一緒に歩いた。ふとここで気づいた。私はヒール5cmほどのパンプスを履いていたが真隣にいる斉藤さんとほぼ同じ身長だった。顔が小さいからもっと高く見えたが隣にくると思ったほど高くない。それでも高く見えるんだから頭身バランスがよくていいなー私なんてデブで顔デカでブスで年増で処女でいいとこ1個もねえやと落ち込んでいると
「さて、もう一軒行きましょう」と斉藤さんは機嫌良さそうに言った。斉藤さんは明らかに酔っていて足取りもふらふらだった。「いやいや、もうこんな時間ですし私電車だし!」嘘だろ帰らせてくれ!これ以上一緒にいたらせっかく美味しく食べたピザたちをリバースしてしまう!!酔っぱらいに付き合うつもりはない!!これは心の底からの叫びだった。
「終電まであと一時間はあるから大丈夫ですよ」とへべれけな斉藤さんに連れられて駅に近いカウンターだけの小さなお洒落なバーに行った。そこも斉藤さんの行きつけらしくご機嫌にビールを飲んで店員さんと楽しそうに話していた。私はホット烏龍茶を飲んだ。てか私いらないじゃん。斉藤さんは終始店員さんと話しててあっという間に終電近くなった。
「電車の時間なので帰ります、今日は本当にありがとうございました」私が頭を下げると「もうそうな時間か、じゃまた」とあっさり挨拶し私は一人で店を出た。分かっちゃいたが駅まで送ってはくれないのね。早く一人になりたかったからいいけど。やっと深呼吸できて気が抜けた。
ああ、やっと終わった。やりとげた。この2ヶ月長かった。これでまた仕事とゲームと夢の国の日々だけの気楽な日常に戻れる。
仕事以上に心身ぼろぼろで家に帰って直ぐに寝た。
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