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短編小説:踊り場の一人パート

 コントラバスがカッコよく弾いてると合奏全体がうまく見える。

 中学時代に吹奏楽部の顧問に言われた言葉だ。コントラバスっていうヴァイオリンを人間よりも大きくした楽器を担当してたあたしは、その言葉で自分がヴィジュアル担当だって理解した。

 コントラバスは大きくてカッコいい楽器だ。あたしの身長より背も高いし、丸っとした曲線もなんかとってもいい。

 なんだけど、吹奏楽の合奏の中だとその音はほとんど埋もれて自分じゃハッキリ言ってほとんどわからない。音量がピアノの個所ならまだしも、メゾフォルテ以上になるともうアウト。吹奏楽にはパーンと高音を響かせるトランペットもいるし、ほかにもチューバっていうボディも音も大きな低音楽器もあって、コントラバス一台じゃ音は埋もれて太刀打ちできない。そもそも戦うものじゃないし、聞こえないならあたしはヴィジュアル担当に専念すべきなんだって悟って練習に励むことにした。

 音が聞こえようが聞こえまいが、あたしの演奏(ヴィジュアル)でみんなの合奏をよりうまく見せる。そのために、最高にカッコいいビブラートをかけてやろうって心に誓った。

 そんな風に、ただひたすらカッコよくヴィジュアル的に目立つことを意識してコントラバスという楽器を弾いてきた中学三年間だったので、まさか、コントラバスの音がこんなにも目立つ世界があるとは思っていなかった。

 指揮者の浦川先輩が、指揮棒をくるっと回すようにして合奏を止めた。

 毎年恒例、新入生歓迎コンサートの定番曲、ジブリメドレー。

 もっとマニアックでカッコいいマンドリンオリジナル曲(できればコントラバスがゴリゴリ目立つマネンテとか藤掛廣幸とか)やろうよってあたしなんかは思うけど、クラシック音楽になじみがない新入生は、まずはみんなが知ってる曲で親しんでもらおうってことなんだろう。部室に集まって三角座りで演奏を聴いていた一年生たちは盛大な拍手をくれたし、まずまずの反応だ。

「えーっと、きょ、今日はコンサートに来てくれて、ありがとうございまっした」

 指揮棒を下ろすと、浦川先輩は途端に冴えなくなった。一年生を相手に何を緊張する必要があるのかって思うけど、つっかえながらそう言ってペコッと頭を下げる。

「こ、このあとは各パート――えと、パートっていうのは楽器別ってことですが、楽器の体験会をするので、弾いてみたい楽器があったらぜひ触ってみてください!」

 そしてもう一礼、拍手。

 それを合図に部員たちはパートごとに椅子を並べて新入生を受け入れる準備を始め、大役を果たした浦川先輩は両手の汗を制服のズボンで拭いながらそれを見守る。そしてあたしはというと、合奏の和を離れて部室を出た。

 コントラバスパートは現在、二年生であるあたし一人しかいない。一人パートでパートトップ。

 去年あたしが入部した時点で三年生の先輩しかいなくて、一つ上の先輩は一年もたずにやめちゃったらしい。この超絶にイケメンな楽器を放り出すなんて何事だ。

 とにかくそういうわけなので、経験者のあたしは部でとっても重宝されている、はずなのに。

「――中原、今日もうるさかったぞ」

 あたしと同じく、そそくさと部室を出てきた浦川先輩が指揮棒でこっちを指さしながら指摘してくる。さっき赤い顔でつっかえつっかえしゃべってたのはどこの誰だ。

「すんませーん」

 あたしはへらっと笑ってそれを流した。

 マンドリンという小さくて繊細な弦楽器は、トランペットやチューバとは音量が違う。人数は同等でも全体のボリュームが違うし、低音楽器であるセロもコントラバスよりは音が高い(楽譜はどちらもヘ音記号だけど、コントラバスの実音は楽譜の一オクターブ下だ)。

 ってこともあり、あたしがコントラバスを全力で弾くと、簡単に低音優位な合奏バランスに変わってしまうのだ。簡単に言えば、吹奏楽では音量で優位性のあまりないコントラバスは、マンドリン合奏だと音量で圧倒的な優位にある。

 おかげで部室の中で練習をするとほかのパートの迷惑になるしってわけで、伝統的に部室の外がコントラバスパートの練習場所の定位置になっている。

「もっとバランスってものを考えろ」

 耳タコの浦川先輩の指摘に、「いいじゃん、軽い曲なんだし」ってあたしは口を尖らせて応えた。

「重い曲でも自己主張激しいだろ」

「目立ちたい年頃なんですー」

 そう口答えしつつ、あたしは部室の外、階段の踊り場にコントラバス、譜面台と運んで個人練習の準備を始める。

 最近のあたしはコントラバス専用の教本、シマンドル教本にハマってる。基礎練は音量を気にしないでゴリゴリ弾けるからすっごく楽しい。それに基礎練がちゃんとなってると合奏でも困らないから一石二鳥感もある。ヴィジュアルだけじゃなく音でも目立てるようにあたしは日々鍛錬しているのだ。

 譜面台に教本を置き、さて練習を始めようとコントラバスを構えたあたしを、浦川先輩は階段に腰かけて見下ろした。

「っつーか、中原もちょっとは一年生の勧誘しろよ」

「自分だってしてないじゃん」

「指揮者の勧誘はいらんし」

「コントラバスは見た目がカッコいいからね。弾きたい人の一人や二人くらい、放っといても現れるよ」

「あとから泣いても知らんぞ」

 一年生歓迎モードで部室はにぎやかなのに、ここだけはいつもの空気だ。あたしと同じく一人パートの指揮者の浦川先輩も部室の外が定位置で、いつもこんな感じで言葉を投げ合っている。敬語はとうの昔に忘れた。

 とはいえ、いくらタメ口でOKでも先輩は先輩なわけで。

 七月の演奏会で引退しちゃうし、このままだと夏休みにはあたし一人がここに残されることになる。

「……確かにそれは寂しいかも」

「ちゃんとコントラバスにも一年生入れろよ」

 先輩ヅラする浦川先輩にべっと舌を見せ、あたしはメトロノームの電源を入れると弓を手にして弦の上を滑らせた。弓の根元から先端へ動かすダウン、一定の速度で安定した音量で。

 ふいに部室のドアが開き、中の喧噪が漏れ聞こえてきた。

 そっとこちらを窺っている一年生の女の子の視線に気づき、あたしは最高にカッコいい低音をこれ見よがしに響かせた。

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