短編小説:私を殺す自意識
いつだってオンリーワンでいたい。
誰かと同じなのは嫌。
特別な誰かになりたい。
私を生き辛くしてるのは、いつだってそんな自意識だ。
例えば三年前、中学一年生のとき。小学生の頃から、中学生になったら吹奏楽部でフルートを吹きたいと思ってた。ピカピカした銀色の横笛。何かのテレビ番組で見て以来、私にはフルートをすごく特別な楽器のように思えていたのだ。
そうして中学に入学して、放課後にいざ部活動の見学に行こうと思っていたときだった。同じクラスの、席が近かった女子の三人組に声をかけられた。
――どこの部の見学行く?
訊けば、彼女たちは吹奏楽部に行くのだという。そして、そのうちの一人が喜々として語った。
――私、前からフルートやってみたいと思ってたんだ。
私も、というひと言を吞み込んだ私は、まだどこに行くか決めてない、って答えた。フルートに憧れる二人目の中学一年生にはなりたくないって意識が勝った結果だった。
そうして私は吹奏楽部の見学には行かず、そんなようなことが続いて部活に入りそびれた。それが私だししょうがない、と思う反面、苦い思いも抜けきらない。端的に言えば後悔してる。
だから高校生になったら、そういう意地ははらないって決めてたのに。
一人で音楽室を出た私は途方にくれた。
勇気を出して、吹奏楽部の見学に行くまではよかった。フルートを吹きたいって先パイに言ったのだってがんばった。
けど、見学に来ている一年生は中学時代から楽器をやっている子ばかりで、完全なる初心者は私を含めて数人しかいなくて。私の隣で優雅にフルートを吹く同級生の姿を見て早々に心が折れた。
四月。新入生歓迎ムードでどこか浮かれた空気の中、私は絶望的な気分で校舎内をさまよう。
どうしてこんなに面倒なんだろう、私は。
初心者なのはしょうがない、ゼロから練習するしかない。でも、それがどうしようもなく堪え難く思えてしまった。負け戦に挑んでるような気持ちにもさせられた。特別じゃない自分を痛感させられた。
帰宅部だった中学時代はよくも悪くも何もなくて退屈だった。部活の仲間でつるむクラスメイトたちを見てはため息をついていた。それをくり返したいわけじゃないのに。
やっぱり音楽室に戻ろうかと思うも足が重い。行く当てもなくぶらぶらしているうちに、いつの間にか特別校舎に迷い込んでいた。
「――初心者大歓迎でーす」
そんな声が聞こえた。どこかの部の勧誘チラシを手にした女子の先パイが声を上げている。
初心者歓迎ではあるんだろうけど、吹奏楽部にいた一年生は半数以上が経験者だった。どこの部もそんなものなんだろう。中学時代に何もやってこなかったのは私なのだ。
「ねぇねぇ、もしかして興味ある?」
ぼうっと立っていたら、勧誘チラシに興味があると勘違いされてしまった。ツインテールのその女子生徒は、はい、とチラシを押しつけてくる。ウクレレ? みたいな弦楽器の絵と音符が散っている。
吹奏楽部のほかにもそういえば軽音部とか合唱部とか、いくつか音楽系の部活があったのを思い出す。そのうちの一つだろう。
「音楽系の部って、経験者が多いですよね」
あれほどの決意を固めて見学に行った吹奏楽部で挫折した私なので、もともと興味のない部で経験者に囲まれるなんて絶対に無理――
「うちの部は初心者しかいないよ。経験者が来ることなんて滅多にないし」
その言葉に先パイの顔を見て、手の中のチラシを凝視した。
『マンドリン部』
「マンドリンって弦楽器ですか?」
「そうそう。マニアックだから経験者なんていないよ」
マニアック、という言葉にそそられ、「見学に行ってもいいですか?」と訊いていた。
「え、ホント? やったー」
先パイは部室があるという特別校舎の四階に私を案内しながら、源明日香と名乗った。二年生だそうだ。
「佐藤さんは音楽に興味があるの?」
個性どころか日本で最も多い苗字の一つであろう自分の名を呼ばれ、まぁ、と答えた。私がこんな風になったのは、同姓同名が何人いるかわからない佐藤恵美なんて名前も一因に思えてしょうがない。
「源先パイも、マンドリン、弾いてるんですか?」
訊きたいことは山ほどあった。部員はどれくらいいるのか、一年生の見学者はどれくらいいるのか。初心者だらけならスタートは同じ。がんばれば特別な私になれるかもしれない。
わかっているのだ。私は特別じゃない、平凡でどうしようもない佐藤恵美でしかないってことくらい。
だけど、それじゃあ嫌なのだ。
「私はマンドラ・テノールって楽器だよ。マンドリンよりもちょっとだけ大きいの」
「それ、マニアックですか?」
何が面白かったのか、あは、と先パイは声を上げて笑った。
「確かに。マンドリンよりも名前は知られてないね」
心がほくほくしてきて私はさらに前のめりになる。
「そのマンドラ? っていう楽器、一年生の希望者はいますか」
「今のところいないかなー。やっぱりマンドリンの方が小さくてかわいいからそっちに集中するし」
心が決まった。
「じゃあ、私、それやります」
「え?」
「誰も選んでない楽器がやりたいです」
源先パイは階段の途中で足を止めた。変な子だと思われたかもしれない。いや、ちょっとくらい変な子だと思われてるくらいが気持ちいい。だってやっぱり、私はそういう風になりたいのだから。
先パイはぐっと親指を立ててこちらに突き出す。
「気に入った」
この先パイとならうまくやれるような気がした。
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