短編小説:接客ベタの合奏
私はいつだって真剣だ。
音楽にはまっすぐ向き合ってるつもりだし、合奏では一ミリの妥協も許したくない。みんなで楽しくやれればいい、みたいな考え方は当然言語道断だし、そんなヤツは馬に蹴られて部室から出ていけばいいと思ってる。
「そんなこと言ってるから後輩がやめてっちゃうんだよ」
私をそうたしなめたのは、ファースト・マンドリンのサブトップ、私と同じ三年生の満井朱音だった。「朱音」と書いて「あかね」と読む。名前に「音」という漢字が使われているなんてうらやましい限りだけど、なんだか悔しいのでそんなことは口にしない。谷崎若菜という自分の名前もそれなりに気に入ってはいるし。
マンドリン部の部室のある特別校舎の屋上の入口前のスペースに、私と朱音は並んで座ってた。仲よく女子高生らしい内緒話や恋バナに花咲かせている、わけではない。
「仮入部なんだからさ、ちょっとくらいニコニコして接客しなきゃ」
四月中旬、我が作草部高校は新入生を迎え、各部活動の勧誘活動は最盛期を迎えていた。我がマンドリン部も日々新入生の見学を受けつけ、楽器を触らせたり歓迎コンサートを開いたりといそしんでいる。
「やる気のない子にニコニコしたってしょうがないじゃん」
「入ってからやる気が出るかもしれないじゃーん」
三十分ほど前のことだ。
女子三人組の新入生が部室に現れた。新入生ながらスカートはすでに短く見るからに化粧もばっちりで、私には彼女らの目的はすぐに知れた。
ギターパートのトップ、三年生の国分圭一。
彼は文化部男子にはよくあるオタク臭や地味で大人しい雰囲気とはかけ離れた、すらりとした好青年である。要は誰もが認めるイケメンだ。新入生の勧誘でも客寄せパンダとしていい働きをしてくれていて結構なのだが、それにはやっぱり弊害もある。
「触ってみたい楽器はある?」
彼女たちは国分の担当楽器である「ギター」と口を揃えて自己申告したが、ギターはただでさえ人気がある。空きが出たらそちらに移動することにして、ひとまずマンドリンを触らせることにした。
「え、何これ、指痛い」
マンドリンのかまえ方を教えたところ、マスカラの塗りすぎで目もとが黒い子が声を上げた。弦を押さえただけで音も鳴らしてないのに「指痛い」とか笑える。
「あたし楽譜読めないんですけど」
マスカラ女子の隣、頬をこれでもかと赤くしたチーク女子が今度は訊いてくる。
「練習してるうちに読めるようになるから」
私の言葉に、チーク女子はその赤い頬をわずかに膨らませた。貴重な練習時間に私は何をやってるんだろう、って内心ぼやかずにはいられない。
そして、チーク女子の隣にいた最後の一人がこっちを見た。
「うまく弦押さえられないんですけど」
「その爪じゃ難しいかな」
その子は両手の爪を綺麗に伸ばし、桜色のネイルを塗っていた。マニキュア女子だ。
「え、弦楽器って爪伸ばせないんですか?」
「爪が長いと弦をうまく押さえられないから」
「えー、なんとかなりません?」
三人の女子たちは揃って私に目を向けた。
「なんとかなると思うようなら、うちの部に向いてないよ」
このとき、自分がどんな顔をしていたのかはわからない。ただ、和やかだった部室の空気が凍りついたのはわかった。
「チャラチャラしたのが入ったってどうせ続かない」
「そうかもしれないけどさー。突っぱねてばっかりだと誰も入らなくなっちゃうよ」
去年、ファースト・マンドリンには四人の一年生が入った。みんなそれなりにマンドリンに興味を持っているようだったし期待してたけど、結果、退部せず残っているのは名越美夏たった一人だった。
「どいつもこいつも根性がない」
練習ではつい厳しいことを言いがちだったのは認める。けど、やめるほどのものだったのか私にはわからなかった。やめてから「楽しくなかった」と愚痴っていたという話を聞いて、私の期待はなんだったのかと思った。
「そりゃ、若菜に比べたらみんな根性なしだろーよ」
朱音は手にしていたコーヒー牛乳の紙パックのストローに口をつけた。ずずず、と不快な音がして、ペコッと紙パックがヘコむ。
時々私は考える。音楽がやりたいなら、いっそ部活に入らずピアノでも習えばよかったんじゃないか、と。
ピアノは基本的に一人で完結する。曲の最初から最後まで、すべてをコントロールするのは自分一人だ。
だけどマンドリンじゃそうはいかない。ソロ曲だってあるけど、基本的には合奏が中心になる。マンドリン一本じゃ和音を奏でることはできない。低音を奏でることもできない。リズムを刻むこともできない。どこまでいっても合奏にわずらわされる。合奏のすべてをコントロールすることは不可能だ。
「新入生たくさん入れてさ、合奏したいじゃん」
朱音の言葉にすぐに返事ができなかった。
私は、合奏がしたいんだろうか。
あ、と呟いて朱音はスマホの時計を見た。
「そろそろ部室戻らなきゃ。新入生歓迎コンサートの時間だよ」
勢いをつけるように立ち上がり、朱音はスカートを払った。
「頼りにしてますよ、コンマスさん」
ファースト・マンドリンのトップである私は、コンサートマスターと呼ばれるポジションについている。指揮者に次いで合奏を引っぱる立ち位置だ。
すべてをコントロールすることはできない。でも、私の演奏は合奏を牽引しうる力にはなる。
けどその力も、合奏に参加する人がいなくちゃなんの役にも立たない。
私も立ち上がり、若菜を従えるように先に階段を降りた。
合奏に苛立つことは多いし、ときにそれはわずらわしい。それでも、バラけていた音が一つに重なる瞬間というのは少なからず訪れる。
それを私はいつだって望んでる。
さっきのチャラチャラ三人組はもう部室にいないだろう。謝るつもりもないし、媚びを売るつもりもない。わかる人にわかればいいとも思う。
けど、わかってもらう努力くらいはしよう。私には合奏が必要だから。
新入生歓迎コンサートでいい演奏をしようと思った。いい演奏をしてわかってもらう。下手な接客より、私にはそういう方が向いている。