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短編小説:キラキラコード

 私と琉斗がギターを奏でると、キラキラするって部内では有名だ。

 キラキラっていうのは、主に視覚的な意味で。

「何これ、すっごいかわいい!」

 爪に乗せられていくきらめく薄片に声を上げた私に、向かいに座った琉斗は「だろー?」と満足げに笑んだ。

「ホログラム、最近買ってみたんだ。これなら簡単にかわいくできるだろ」

 琉斗は長い指で器用にピンセットを動かし、銀色の小さな丸のホログラムを私の爪に乗せていく。若葉のイメージだという淡いグリーンの爪は、たちまち雨上がりの森のようにきらめきを得る。

 部の練習が休みだったその日の放課後、私たちは三週間に一度の恒例で空き教室を占拠し、机の上にネイル道具一式を広げていた。道具はすべて琉斗の私物だ。

 銀色のホログラムの位置を調整し終え、琉斗に促された私はカマクラみたいな形のLEDライトのドームに左手の指先を入れる。ジェルネイルはこうやってLEDライトに当てることで硬化する。マニキュアみたいに乾燥を待たなくていいのはとっても楽だ。その分、除光液で簡単にオフできないけど。

 私が右手のネイルが硬化するのを待っていると、琉斗はふいに訊いてきた。

「進路希望調査票、もう出した?」

 唐突な質問に、「一応」と気の抜けた声で返事をする。

「琉斗は?」

「まだ」

 うちの高校では、三年生になると文系と理系でクラスが別れる。一年生のうちから漠然とどちらに進むか考えておくのが普通で、二年生の一学期で迷っているとなると進路指導の先生にせっつかれることになる。

「高宮は理系だっけ」

「そのつもり。琉斗は?」

「多分文系、だと思う」

 LEDライトのタイマーが切れ、私は右手をドームから出した。琉斗はその右手を取り、ホログラムが完全にはりついた爪の上に最後の仕上げ、透明なジェルをはけで塗っていく。

 私が初めて琉斗にジェルネイルをしてもらったのは、去年の五月、一年生のときだった。

 マンドリン部に入って念願のギターパートになった。一年前に亡くなったおじいちゃんがハイカラな人で、趣味だったクラシックギターを幼い頃はよく聞かせてくれていた。いつか自分も弾けたらいいなって思ってたから、入学した高校にギターを弾ける部活があると知って勇んで見学に向かった。

 そんな私は、入部して間もなく挫けることになった。大きな病気も何もしたことがない健康体だったはずなのになぜか爪だけが弱く、和音を弾き下ろすカッティングをするとたちまちボロボロになって割れて剥がれて痛みだした。

 やる気はあるのに爪が追いつかない。そして爪はすぐに伸びるものじゃないし、伸びたところであっという間に折れて剥がれるの無限ループ。爪用のトリートメントや補強液を使っても効果はほとんどなし。

 落ち込む私に、いっそピックで弦をはじくマンドリンに楽器を買えるのもアリだとアドバイスしてくれた先輩もいた。一年生の五月だし、楽器を変えてもすぐにみんなに追いつけるよと。

 けど、私が弾きたいのはギターなのだ。

 特別校舎の廊下のすみで、泣きながらボロボロになった爪をやすりで削ってたそんなある日、同じ一年生のギターパートである琉斗が声をかけてきた。

 ――ジェルネイルやらない?

 身長百八十センチ近くのひょろっとした男子が自慢げに見せてきたのは、大きな手の指先、ラメがきらめく自分の爪だった。

 かくして、琉斗が施してくれたジェルネイルのおかげで私の爪はギターの弦に負けなくなり、定期的に琉斗に好きにネイルアートさせるのが恒例になった。

 仕上げの透明なジェルを硬化させるため、LEDライトのドームに私は再び指先を入れる。これで今日のネイルは終了だ。

 爪をいじるときは猫背気味の琉斗が、うんっと声を出して背筋を伸ばした。途端に目線の高さが変わり、私は見上げる形になる。私の身長は一五○センチちょっとで、そもそも琉斗とは三十センチ近く身長差がある。

「高宮は、理系に進んで何やんの?」

 高いところから降ってきた質問に、「ギター」って答えた。

「理系でギターって何?」

「音響に興味あるんだ」

 柔らかい地爪で弦を弾くより、ジェルネイルの硬い爪で弦を弾く方が硬くてよく響く音がした。当たり前のことだけど、そういうちょっとした音の違いに今はすごく興味がある。

「楽器の形とか、材質とか、そういうので音の響きがどう変わるかって研究してる学部があってさ」

 LEDライトのタイマーが切れ、私はドームから手を出した。そこに琉斗がすかさずウェットティッシュを渡してくれるので手を拭いた。至れり尽くせり。

「琉斗は文系に進んで何やんの?」

「ネイル」

 思わずウェットティッシュの手が止まって向かいの琉斗を見上げた。琉斗ははにかむような笑みでわずかに視線を逸らし、そのきらめく右手で自分の後頭部を掻く。

「まだ誰にも言ってないんだけど……ネイリストになりたいっつったら変?」

 考えるよりも先に首を横にふって、それから仕上がったばかりの右手のネイルを見つめる。

「もしかして私、琉斗の最初の客だったりする?」

 琉斗の表情が緩んだ。

「家族以外ではそう。――もともとうちの母親が爪弱くてさ、それで調べて道具揃えて、やってあげてたら自分がハマったっていう」

「ネイル、面白いよね」

「面白いよ」

 琉斗がネイル道具一式を片づけ終えるのを待って、私たちは教室のすみに置いてあったギターケースに手を伸ばす。練習は休みだけど、つけ替えたばかりのネイルの具合をすぐさま確かめるのも私たちの恒例だ。琉斗のギターケースはこれでもかとシールやスパンコールでデコってあって、きらめく爪に負けていない。

「何弾く?」

「『月光』やろうよ」

「俺、まだあれちゃんと弾けないんだけど」

「だから練習するんだよ」

 どうせ練習するなら定期演奏会の曲にしろという心の声は無視し、私たちはチューニングを始めた。それから、琉斗の質問に答えていなかったことに気がつく。

「……私は変じゃないと思うよ」

 私の言葉に応える代わりに、琉斗はキラキラとCのコードを奏でた。

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