脳の解熱剤・万年筆
万年筆が好きだ。
普段使いにしているものはいずれも、そこまで高価なものではない。むしろ安物と言って良い。
思考がはがれ出ていくのを手で止めたくないからと、滑らかな書き心地を求めて行き着いた筆記具が万年筆。「さらさら」と思わず口に出しそうになる心地よさを味わいたくて、何気ないこともこころの澱も、ノートに載せていく。判読不能な文字が紙の上で踊っていることも、しばしば。
手紙を書く時も万年筆。使うと決めているのは、ボルドーのインク。普通はブラックやブルーだけれど、なぜボルドーと決めているのか。
映画『クローズド・ノート』。万年筆屋で働く主人公の香恵が部屋で見つける日記が、ボルドーのインクで書かれていたのだ。竹内結子さん演じる伊吹が綴る日記には、ユーモラスな言葉たちが愛を滲ませつつ軽やかに踊っている。あんなふうに文を編むことはできないけれど、カタチだけでもマネしたくなった。以来書くものに思いを込めたいとき、わたしはいつもボルドーのインク入り万年筆を手に取る。
台風騒ぎがひと段落した日曜の、蝉の声が虫の声に変わる頃、頭の中を指先から万年筆経由でノートに垂れ流していた。何ページ分か吐き出したあと、切り替えて好きなもののことを綴ろうと別な万年筆を手に取って、気づく。
ボルドーのインクが、切れている。
ここのところ、仕事にかかる時間が長くてあまり書けていなかったので、買うのを忘れていたのだろう。慌ててAmazonに注文した。書こうとしたタイミングで書かないと、調子が狂う。
思考を垂れ流すときも、好意を映し出すときも、手の動きが引っかかるのが嫌なのだ。引っかからないならボールペンでも良いのだけれど、今のところの感覚としては、やはり万年筆。普段使いを何本か使い分けながら、今日も頭からノートに熱を移動させている。