変人荘の浦田さん
私が管理させてもらっている変人荘がある。
奇妙な事に無害で変な人しか入居していない。そのうちの1人についてのお話です。
変人荘は事務所の真裏にある。
10年前の曇り空が印象的な日に、大家さんがやってきた。
「私も歳で雨漏りだなんだなんてみていられない。隣にある御社に管理をしてほしい」と任されたのだ。
ーー変な人は入居させていないーー
そうはおっしゃっていたが100%変人。
家賃をきちんと納めるという意味では、常識人の賃借人ばかりであった。
16部屋の木造2階建。
16人変人集合住宅である。その中の1人、浦田さんについて書こうと思う。
浦田さんは「今月からここに家賃持ってきていいんだって?大家の家に行くより近いしええわ!」と笑顔でご来店した。
それが初対面である。
前歯がなくて白髪混じりの長髪。
ポケットにはヨレヨレの文庫本ー太宰治・人間失格ー
…………うん。
どちらかというと好きなタイプかな。
浦田さんは、毎月末25日にきちんと家賃を支払いに来る律儀なタイプであった。
夏の蒸し暑さが最高かというような日のこと。
「エアコンが壊れたから見に来て欲しい」と言われた。
業者さんと見に行くとーー
どえーーっ!
全部グチャグチャの本棚、壁には曼荼羅のポスター、万年布団に食べかけのおにぎり……
エアコンは経年劣化で交換が必要だった。
エアコンを取り外すとーーパラパラと紙が落ちてきた。
紙を見ると「ニセ札」と全部に書いてあった。
「浦田さんこれは…?」
「オモロイやろ!受けると思って仕込んでおいたんや」
今ひと笑い取って何になるん…
私の好感度を上げても何もならん…
月日は過ぎて行った。
年の瀬に浦田さんが家賃を持ってきた。
「このカレンダーな、いらんからあんたにあげるわ」
と言うので家賃とカレンダーを受け取った。
私もカレンダーいらないんだけど……
カレンダーを広げたら、お豆腐専門店・弥吉のカレンダーだった。
1月は油揚げ、2月はおから、3月は湯葉、渋くていい写真じゃないか。
賃借人と管理会社の関係では、一定の距離からそうは近づかない。
好感は持てても浦田さんと友達になろうとは思わなかったし、今月末も元気に生きていて安心と思う程度であった。
ある日、浦田さんの隣室の坂田さんがやってきた。
どうも浦田さんの生活音がしなくなって、郵便ポストには新聞がたまっているから生存確認をした方が良いとの事だった。
私は動揺した。一瞬で空気が凍った。
前歯の欠けた笑顔で エアコンにニセ札って紙を仕込んでいた浦田さん…
お豆腐専門店弥吉のカレンダーをくれた浦田さん…
坂田さんとソワソワしながら合鍵を持って見に行くと
浦田さんが寝ていた。
私はもうそれ以上見ることはできなかった。
坂田さんが布団をソッとどかしてくれて、こう言った。
「あんたの足と同じ色をしているよ」
私はグレーのタイツを履いていた…………
ピーポーピーポーピーポーピーポーピーポーピーポーピーポーピーポー
部屋に残されていた紙を見ると “FISH” と書いてあり、そばに魚のキーホルダーが置いてあった。
浦田さんは2号室だったからFINI(2)SHだったりするのかなぁ?
チャーミングなところがあったから...
魚のような生の揺らめきと2号室で生を終えることかな...
まだ魚のようにゆらゆらと生きていたかったのかもしれない。
そんな事を想って合掌した。
空を見上げたら、綺麗なうろこ雲の見える秋の日だった。