
ほぼ混ぜそばのラーメンを食べたりシルクスクリーンをしたり
今日はいろいろありました。
10時ころにのそのそ起き上がり、棒ラーメンを作って食べました。二杯食べたのだけれど、二杯目は入れるお湯の分量を間違え、ほぼ混ぜそばでした。体に悪い味がしました。
お昼過ぎ、セブンイレブンでミートソースのスパゲティ(いまだにパスタとスパゲティの区別はつかない)を買い、大学へ向かいます。大学の先輩と一緒にシルクスクリーンのTシャツを作るためです。
自分の所属する研究室に落ちてたヘンテコなものをモチーフに三種類のTシャツを作ってます。一回目の版作りで失敗し、完全に萎えました。
気分転換に自分のズボン(ズボンとパンツとの区別はつかない、でも最近はパーカーではなくフーディーといってみている)に刷るため用意したデザインを試してみます。地元松山市の市章を刷ってみたところ、今回は結構うまくいきました。
市章を刷ろうと思った理由があるんです。この前見た下津光史のルームツアーの動画の中で、下津さんが自身のタトゥーについて話している場面がありました。彼は腕に自分の地元の市章を彫ってました。地元を歩いているとすれ違う人に笑われるそうです。見るたびに地元を思い出すよなあと思い、すごくいいなと思いました。でも、自分に一生もののタトゥーをほる決意はできませんでした。だから、シルクスクリーンでやってみようと思ったのです。一番目につく膝上にドンと入れてみました。少しかすれてるけどそこも味と思えていい感じです。
タトゥーは過去、いろんな意味があったみたいです。
日本では通過儀礼として意味があったようで、その印がないと来世で苦労するとまで言われていたそうです。その後、日本人の美意識は刺青と肉体美による美しさよりも、着衣によって表現する美しさにシフトしていきました。ですが、江戸時代になってとび職や飛脚といったふんどしで仕事をする人たちの間で刺青ブームが再燃します。また、侠客どうしや、遊女と客の間で、誓い合いの方法としても使われていたようです。
イタリアでは5300年前の遺跡でタトゥーを施されたミイラが見つかっているらしいです。当時は身分の高い人が入れていたようです。しかし、タトゥーに対する価値観は変わってきます。犯罪者にタトゥーを施して追放したり、異教徒にタトゥーを掘ったりしていたようです。そののち、大航海時代にはカナダやポリネシアからタトゥー文化がヨーロッパに運び込まれたそうです。
やはり、歴史を見ると侠客の誓い合いに使われたり、罪人の印として使われたりと悪いイメージが付くのも無理はないと思います。(実際、僕も一度銭背中にでっかい般若を彫った兄ちゃんと居合わせた時はちびりそうだった)でも、タトゥー=悪人というのも前時代的というか。タトゥーを入れてる優しい人ともあったことがあります。自分の価値観を少しでいいのでどうにか変えたい。そう心に刻むつもりで市章のシルクを刷りました。
タトゥー、刺青の事を少し勉強できたし、満足したので眠ります。