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かえりたくないの
世の中に不満がない=「幸せ」ではない、とは誰の言葉だったか。家族もいる、帰る家もある、なのに「かえりたくないの」とはこれいかに。今日も言い訳しながら、赤ちょうちんの誘惑にあっさり負けて暖簾をくぐってしまうのである。
そんな日々の記憶はそっと胸にしまっとけと全方向から聞こえてくるわけなんだけど、こんな企画にのってみたり。
しかしまぁ、完全に時勢のおかげさまで一人で「サクっと」飲みばかりになってしまった。少々寂しくもあるが長居もしないしお会計もさっぱりしたものでメルトダウンもしないし。でも、やっぱり早くみんなでワイワイできる日常コマゲンと願うばかり。
そんな日常は「密」という、誰?っていうか単体で使う?的な言葉を今年の漢字まで押し上げ、ロックダウンとともに強烈に「個」であれ「少数」であれと、予備校の看板みたいになってしまった。
まぁ、でも一人じゃないと分からない事もあるよね、と前向きに進んでみようと思いながらソロキャンプならぬソロ居酒屋を敢行するのである。理由は何でもいいのである。
というわけで夕方にネバネバした憂鬱を酒で洗い流しにやってきました、大宮駅前にある老舗大衆居酒屋。
「一応ね」と検温を受け、壁側のカウンターへ座りつつ酒を注文する。まだ時間的に早いせいか人もまばらで、ゆっくりできそうだなと壁に張り巡らされたメニューを眺め、じわじわ上げていく。
冷酒とモツ煮をちびちびやってたら、ぶつぶつ言いながら背中90度直角に曲がった超低空オジイが松葉杖つきながら入ってきて私の隣にイン。イスを引いてあげたら一瞥くれて一言「わりいな」と。常連と背中に書いてある。
イスにタッチダウンする前に「瓶ビール、あと焼酎だ」とドリンクをオーダー。特によろこんで感のないマダムが運んできたそれを交互に飲み始める。ビールはチェイサーですか?初めてっす自分そのスタイル。パイセン、めちゃ話しかけくれる、面白いけど半分くらい分からなくてごめんなさい。
見かねたのかマダム「ほら、お隣りさんは一人で楽しんでるんだから絡んじゃ駄目よっ」と大声でさとされる。その通りなんだけど、そんな大声で言われると恥ずかしい、私。
一時休戦もつかの間、なにやらお隣りから聞こえてくる独り言「ったく、おれは金あんだぞ、、バカやろう、、」と小声で繰り返していて、オイオイどうした。。あまり気にしていなかったけど眼鏡のテンプルがテープでとめられているし、ビルマの竪琴よろしく肩にハエが乗っている。そして何故か逃げない。
遅れてきたマグロ刺しを頬張り出したあたりで、別のマダムが「あれっ?」
「あっ、お父さん、入っちゃダメじゃない!」と叫びに似た何か。
さらに他の店員さんに「この人出禁だから!!」と強めにお知らせ。店内に響き渡る出禁。
「うるせんだよ、金ならあるわ!」とくしゃくしゃの一万円札をテーブルに叩きつける、と、同時くらいに「お会計しちゃうね、ありがとう!」とおばちゃんその諭吉をかっさらう、そのハート、get wild &タフ。猛禽類が獲物を捕獲するスピード。
からの「はいはい、もうビール飲まないね、下げちゃうね」&「そんなにゆっくり食べてちゃ、ネズミに食われちまうよ」のコンボで、出してそんなに時間も立ってなかろう酒と肴を速攻回収。
ちびちびやってた焼酎を置いてビールに目をやった時には、ビール瓶がなくなってたもんだから、さすがの先輩もこっちを見るなり「ビールねぇよ、バッカやろう」と笑っちゃう始末。歯もなかった。
それでもステイのパイセンに「また警察呼ぶよ!」と最終通告。また?とは?、、。なにがあったのか?知らない方が幸せな事、多しこの世は、辞世の句。
入ってきた時と同じようにブツブツ言いながら店を出て行った背中から放たれる哀愁に鼻の奥がツンとしたのは、おそらく私だけであろう。アディオス、アミーゴ。
人生の勉強会はまだまだ続くのでありました。