ゴールデンウィークに家族で旅行した時の話
もうウン十年前の、まだ若かりし頃のお話。
当時、イギリスに単身赴任していた母方の叔父に『丁度いい機会だから』と招待され、父、母、私の三人で渡英することになった。
初めての海外旅行に完全に浮き足立ち、そのまま浮かれて飛んで行きそうな頭でスーツケース購入やら、パスポートの申請やらで忙しなく動き回り、出発直前まで右往左往のてんてこ舞いであった。
その頃、たまたま英会話教室に通っていた私は『頼りにしてるよ』と両親から期待のお言葉をいただいたものの、入国審査で『sightseeing』の一言が言えず、脳内白紙状態でフリーズしてしまい、それを見たややウンザリ顔の係員から『KANKO⁉︎』と強めに聞かれ、半べそ状態で頷きまくる羽目になった。
隣の列の両親もご同様だったようで、母は『英語の成績はトップだった』と得意気に話していたが、その能力を発揮することなく、普通に日本語で答えていたそうな。(でもきちんと通っていた!!)
なんだ、日本語でも大丈夫じゃないかと、父は妙な自信を持ち、以降何処でも誰にでもどしどし日本語で話しかけていた。
常に堂々としていたのが善かったのか、大きなトラブルにもならず、現地の方々から割と親切に接していただいた。ただ、言葉の壁を気合いで乗り切るにはやはり限度があるもので、きちんと意思疎通が出来ないと大変な目に遭ってしまう事もある。
ロンドンに到着した日は、叔父が車で迎えに来てくれたが、翌日〜二日間の観光スケジュールの同行には、叔父が依頼してくれた人物が案内してくれる事になっており、その方のお名前は『ポール』といい、彼への手土産に、母は幾分お高めの和菓子セットを事前に用意していた。
翌日のホテルのロビー。
これから初めて逢う現地の方に、やや緊張しつつも期待に胸を躍らせて待っていた。
しばらくして私達の前に現れたのは、ヨレヨレの革ジャンにダメージ(というかボロボロ⁈)ジーンズ姿の顔面瘡蓋傷だらけの『ポール』氏であった…!
几帳面な叔父の人選にしてはちょっと…と俄かには信用出来ず、不慣れな英語で『あなたはポール氏ですか⁈』と尋ねるも、自信満々『Yes!』の返事が返ってくるばかりで、母は仕方なく用意した和菓子を彼に渡し、満面の笑みを浮かべる『ポール氏』に連れられ観光旅行へと出発した。
私達を案内してくれた彼は、行く先々で道を間違え、車を止めた駐車場を忘れ(父に指摘され慌てて戻っていた)、観光地で私達と同じようなリアクションをして終始楽しそうな様子だった。
二日目の朝、初対面の時より顔の瘡蓋の数が減り、幾分綺麗な身なりで現れたが、我々の疑念は更に深まるばかりであった。
この人は本当に、叔父の頼んだ『ポール氏』なのだろうか?
二日目も更なる混乱の連続で、郊外の城巡りのはずが、何故か『castle hotel』(おそらく安ホテル⁈)に案内されたり、更に道を間違えて大幅に時間をロスし、観光地巡りの予定を大幅にカット、叔父との待ち合わせ時間にも遅れそうになった。
何とか時刻どおりに待ち合わせ場所に到着し、彼を見た叔父が発した一言は『お前、誰だ⁈』??⁈
後から聞くと、どうやら叔父に依頼されたポール氏は、当日別件で急用が入ったため、やむを得ず数日前に雇ったばかりの地方出身の若い運転手(偽ポール氏)に代行を頼んだという事だった。
そのため、彼はロンドン市内の地理を全く知らず、任された初仕事の為に、会話もおぼつかない日本人観光客の前で大っぴらに地図を広げる訳にもいかなかったようで、彼なりに何とか任務を遂行しようと思っていたのではないか、という事であった。
それにしても、こちらとしてはポール氏本人でないなら早めにそう言って欲しかったが、心尽くしの和菓子を進呈してしまった母は、非常に残念そうにしていた。
(その後、本件は『偽ポール事件』としてお酒の席などで何度も語られる事になるのだった!)
今思い返すと、二日目の彼の小綺麗な様子は、やはり和菓子の効果であったのだろうと思う。
以降の旅行日程は、叔父と合流しやっと希望どおりの観光旅行を満喫でき、楽しい時間を過ごしたのであった。
私の人生初の海外旅行は、結構なドタバタ珍道中(!!)であったが、とても楽しく思い出深いものであった。
帰国時の空港ロビーで、涙ながらに叔父と別れた母に「またいつか行こうよ!」と励ますように言ったけれど、結局果たせず終わってしまった。
そして、あの時のメンバーで旅行することは、もう永遠に叶わなくなってしまったのだから。
つい先日、たまに整理しようと開けた戸棚の奥から、あの時のお土産がひょっこり出てきて、当時の思い出が昨日の事のように鮮明に浮かんできた。
あの旅のワクワク感と、皆の笑顔が浮かんで懐かしさで胸一杯になった。
そういえば、かの『偽ポール氏』は、今もお元気でいらっしゃるだろうか?
心からそう祈っている。
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