ラフカディオ・ハーンin六本木
六本木のBistro Vinoのウェイターの話だ。自分ラファディオ・ハーンが憑いている、と言う。
「アイルランドで産まれて、北米経由で日本になんか来ちゃたもんで」
とハッピーアワーのアボカドサラダと注文伝票に書きながら言う。マスクはグレイの合成繊維だ。
「憑いてるって?」と夫が面白がりながら聞く。
「例えば、キリスト信者がほとんどいないにもかかわらず、日本ほどキリスト信者らしい人間が集まるところはない、と思っちゃうとか?」夫は半分笑っている。
ウェイターがそんなの序の口だという風に頷く。名をショーンと言う。
「なんか突然こう…昔の怒りが湧いてくるんですよ。ムラートの女性と結婚したばかりに新聞社を馘になったこととか…」
ああ・・・と夫が言う。
「ニューオリンズで」
「いや、その時はもうオハイオです」
「へー!!随分短い間で今のニューオリンズのイメージ作ったもんだね」夫が感心した声を挙げる。
コックが犬用の水の器を手に持ってテラスに出てきた。そちらはスペイン人だ。白髪あたまの額が汗で光っている。ホアンと言う。
「びっくりしますよね、昔はマーク・トウェインに文章を褒められたもんだぜ、なんて突然キッチンで言われてもね」
「サンタヤーナの方がまだびっくりしないよね」夫のコメントが理解されたかどうかは分からなかった。
「でもね、悪いもんじゃないですよ、くそ暑い六本木の土曜日の昼にね、Kwaidanを聞くのは・・・」
今日みたいな暑い日は、そのKwaidanを聞いてみたいものだと思った。顔中に体中に書かれたお経…。耳からしたたる血…。
犬が、その羊の骨をくれるよね、と正座した。