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いつまでも大きい母の影響
私が洗濯物を畳んだり、きれいな部屋で過ごしたりすることが継続してできない理由。
それは、幼少時代にあることに気が付きました。
当時は母屋と離れがあり、お風呂や食事は母屋で、寝たり勉強したりするのは離れで行っていました。
離れはおそらく両親の結婚を機に建てられたもので、簡易的なキッチンとトイレや洗面所、リビングと寝室の2部屋でした。
当然のごとく?収納スペースと言われるような場所はほとんどなく、鮮明に覚えているのは洗濯物は椅子の上に山積み、簡易的なキッチンの上にも物が溢れかえっている様子。
この家で中学3年まで過ごしました。
母は私が小2の時に祖父が亡くなったのを機に、働きに出るようになりました。
子ども3人を育てながら食事の準備、祖母とのやり取りなど、とてつもない苦労をしていたと思います。
だからかな、あんまり私はかまってもらった記憶がありません。
弟が2人いるのですが、真ん中の弟はおそらく言葉が上手く出てこないという障害があり、小さい頃はことばの教室に通っていました。
そして小学生・中学生と、同級生からいじめられていました。
一番下の弟は、スポーツ万能で可愛げがあって、人気者。
小・中とバスケで活躍し、高校ではスタメンで全国大会へ出場するほどに。
だから私はひたすら両親に迷惑をかけないように、文句を言わず、私はとにかく我慢することを心がけていました。
この離れでの記憶。
それは、「着ていくものがないー!」と母に言うと、「そこから探して!!」という答え。
膨大な洗濯物の山の中から、洋服を探すといったもの。
おそらく、洗濯物を畳んだところで収納する場所がなかったと思われるので、この方式になっていただけかもしれませんが、なんとなく私も母と同じような思いをしなければいけないと思いこんでいるような気がしたのです。
それは、
母より幸せになってはいけない。
大好きな母よりも幸せになるなんて許されない。
哀れな私でいないと母にかまってもらえない。
母となった私は母のように過ごさなければいけない。
こんな思い込みがあることに気が付きました。
これ、全部いらないよねー!!!
いやぁ、書いてて私、自分でびっくりしました。
だって、母と私、どっちが幸せかなんて比べようがないし、なんなら母のような生活を送らなければいけないなんて決まりはない!
哀れな私でいなくてもかまってもらえるし、なんなら今は母にかまってもらえなくても問題なし!だって私のことを愛してくれている夫や娘たちがいるんだから♡
私は何にも飢えていないし、むしろ満たされまくっている。
そう、これを認めちゃいけない気がしてたんだ。
だから、洗濯物は山積みになるまで放置することが多くて、あの時の記憶を呼び起こしながら母の表情や言葉を思い出して罪悪感に浸って、曲がった母の愛情を感じてる。って、こんなこと、する必要ないよね!!
キレイにしてもいつの間にか汚れていってしまっている部屋も、いつでも好きな時にキレイにしたら良いし、なんならずっとキレイな状態をキープしていて良いんだよね!!
なんだかちょっとおかしな思考回路になっていたけれど、でもそれだけ母からの愛情を受けようとしていたんだなぁって。
やっぱり母からの影響はいろんな意味で大きい。
大人になって、自分が母となった今でも。
正直毎日バタバタ過ぎて、ここまで散らかってしまった現在の状況だとは思うので、一度落ち着いてしっかりと自分自身とも向き合いながら、おうちの整理整頓に取り組んでいきます。
2020年、家の環境を整えることもスタートします。
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