“精神”科から“脳神経心療内科”へ?──名称がもたらすスティグマと改革の可能性

「精神科」という呼称は、長らく医療現場で定着してきた。しかし、この名称には「気合」や「根性」といった精神論的なイメージがつきまとい、「こころの病気」を科学的根拠に基づいた医療として理解することを妨げる可能性がある。そこで近年、「精神」に代わるより適切な呼称の検討が求められ始めている。本稿では、名称の持つ影響を再考し、たとえば「脳神経心療内科」などの新たなネーミングを通じて、スティグマ軽減を図る方策を提示する。

「精神」という言葉が内包する問題

「精神」という言葉は歴史的・文化的な文脈で多義的に用いられ、「魂」「意志力」「精神力」といった概念的・哲学的な意味合いを帯びてきた。このため、精神科で扱う疾患や障害は、「努力で治せる」「弱いから病気になる」といった誤解を受けやすく、受診のハードルを上げてしまう。結果として、精神科受診が「恥ずかしいこと」「甘えや怠け」と見なされるスティグマを増幅し、適切な時期に医療を受ける妨げとなる可能性がある。

新たな名称の検討――「脳神経心療内科」というアイディア

こうした状況に対し、「精神」という語を用いない名称への変更案がいくつか浮上している。たとえば「脳神経心療内科」という呼称であれば、

  • 「脳神経」:心の問題が脳機能の調整異常や神経ネットワークの不均衡に深く関わることを想起させ、医学的・生物学的視点に基づく領域であることを強調できる。

  • 「心療内科」:心理的・社会的要因にも目を向ける内科的なアプローチを示唆し、薬物治療やカウンセリングなど多面的な治療手段が存在することを示す。

このような新名称は、「気合で治る」などの非医学的イメージではなく、「脳と心の健康を扱う専門領域」という科学的かつ包括的な理解を一般の人々に促しやすい。また、すでに「心療内科」や「メンタルクリニック」といった名称は社会にある程度浸透しており、呼称変更による違和感は相対的に小さくなる可能性がある。

名称変更だけでは不十分な理由

とはいえ、呼称変更はあくまで出発点である。名称を変えたとしても、社会的な偏見や無理解が根強く残っている限り、スティグマを根絶することは難しい。

  • 教育啓発活動:脳科学、心理学、精神医学のエビデンスや最新知見を社会に広め、精神疾患が「甘え」ではなく「治療可能な病態」であることを強調する。

  • 研究とガイドライン整備:診断・治療法の標準化、エビデンスに基づいた情報発信により、名称変更をサポートする医学的基盤を強固にする。

  • 地域支援体制の強化:学校や職場、地域コミュニティとの連携を深め、予防・早期発見・早期介入を可能にすることが名称変更後の信頼醸成につながる。

海外事例と国際的潮流

世界的にも、精神科領域は「Mental Health」や「Behavioral Health」といった名称を用いることで、より広範な健康概念に組み込み、スティグマを低減しようという動きがある。これらは、「脳神経」や「行動」といった客観的かつ中立的な用語を前面に押し出し、従来の精神論的連想を薄める試みである。

結語

「精神」という言葉が孕むイメージは、精神科領域が本来持つ科学的・医学的性格を曖昧にし、「こころの病」は本人の気合や根性で克服できるものだという誤解を生み出す土壌となり得る。こうした問題意識から、「脳神経心療内科」のような新たな名称への転換は、スティグマを軽減し、より早期かつ適切な医療アクセスを実現する一助となるだろう。

しかし、名称変更はそれ自体が万能薬ではない。医療従事者、患者、教育者、メディア、政策立案者など、多様なステークホルダーが協働し、科学的理解の普及と社会的包摂を進めることが不可欠だ。新たな呼称とともに、多面的な改革を進めることで、精神疾患への偏見なき社会を目指す道筋が開かれるのではないだろうか。

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