ガーシュウィン「ラプソディ・イン・ブルー(ピアノ・ソロ版)」を弾けるようになるまでの記録
2024年夏、発表会にてガーシュウィン「ラプソディ・イン・ブルー」(ピアノソロ)を弾きました。
楽譜との出会いから、発表会での演奏に至るまでを記録に残そうと思います。
偶然の出会い
ラプソディ・イン・ブルーに取り組むきっかけは、偶然の出会いからでした。
2022年秋、別の曲の楽譜を買うため、楽譜屋さんで全音ピアノピースの目録をペラペラめくっていたら「ラプソディ・イン・ブルー」を見つけました。
「ラプソディ・イン・ブルー」はオーケストラ版だけだと思い込んでいたので、ピアノソロがあるならひとりでもやれるではないか!と期待がふくらみました。
なんとなく手にして、お買い上げ。
注:ピアノピース版は抜粋だったため、取り組むにあたっては楽譜を改めて買い直しました。
ラプソディ・イン・ブルーの記憶
ジョージ・ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」。
小さい頃楽しみだった、アメリカ横断ウルトラクイズの決勝のマンハッタン上空にヘリコプターが旋回する瞬間。
NHKの名曲アルバムで流れるNYの街並み。
ドラマのだめカンタービレで、のだめが「ぎゃぼー」と言っている瞬間。
宝塚歌劇団花組、白燕尾姿の大浦みずきさん、最近では柚香光さんが跳躍する悶えるほどかっこいい瞬間。
映画「華麗なるギャツビー」、レオナルド・ディカプリオ演じるギャツビーが、満面の笑みで振り向いた瞬間。
印象に残るシーンの後ろには、この曲が流れていました。
ピアノの先生に「一年かけてもいいからやりたいんですけど…」相談したところ、「いいですよー!」と明るい調子で言ってくださり、やることにしました。
長い練習期間に突入
2023年5月、発表の予定もないまま譜読みを開始しました。
やるとは言っても、どう聴いたって難しい。
技術も表現も実力以上であるのは間違いない。
やる気のある日もない日も、まずはピアノの椅子に座ります。
※夏場は酷暑のため中断(汗をかかずに弾ける、バッハのやわらかい曲を練習しました)
譜読みは練習開始から半年で終わりましたが、手の筋力が足りず、表現以前…もどかしい期間は長く続きました。
そんなうちに発表会の日程が決まり、緊張感が走り始めます。
一日一度は必ず録音し、イヤでも聴き、課題を見つけてはつぶすという練習を果てしなく続けました。(そういえば2024年元旦の夕方、能登半島地震で揺れた時もピアノに座っていました)
「家族みたいなもの」
あんまり毎日練習しているもので、ある日の日記に「ラプソディ・イン・ブルーは家族みたいなものだ」と書いてありました。
いい日も悪い日も毎日一緒にいる存在、曲に対してそんな感情がわいたのは初めてでした。
それにしたって、練習の成果は出にくいものです。
1ヶ月前の演奏と比べれば変化がわかりやすいですが、数週間では上達の実感を持ちづらく、本当にこのままでいいのかなーとぼんやりした時期もありました。
やる気のない日は、ピアノに座ったままSNSのタイムラインを見ていたり、譜面立てにスマホを置いてテレビ電話をしていたり、ピアノにいる意味なし…だからといって、練習をやめるとどうなるかわかっているので最低限は動かして終わります。
練習の合間には、いろんな方の演奏を聴いたり、ガーシュウィンの関連本を読んだりもしました。
レナード・バーンスタインの弾き振りを筆頭に、日本人では小曽根真、辻井伸行、反田恭平、角野隼斗、海外の人ではラン・ラン、ユジャ・ワン、ハービー・ハンコック、チック・コリアなどそれぞれ個性豊か、かつ凄すぎてカッコよい…
コンサートホールで、オーケストラ版のラプソディ・イン・ブルーも聴きました。オケ+ジャズトリオのバージョンは、ホールの高い天井に響くジャズの不協和音が何とも素敵でうっとりしました。
不思議だったのは、これだけ同じ曲を聴いても飽きず、むしろ虜になっていったことです。
本番直前の試行錯誤あれこれ
ホールでピアノを弾くとなると、家での練習とは全然違います。
ピアノのタッチ、響き、ステージのライトの明るさ、目に入る情景、衣装や靴の感触、そして観客の反応…想像してはナーバスになります。
事前にできることで言えば、家の外であえて弾き慣れないピアノを弾き、居心地の悪い経験をすることもそのひとつで、本番の集中力を高められたりもします。
普段は電子ピアノで練習しているので、アコースティックの微細な歪みから生じる音のバリエーションだったり、空間での響きを感じ取ってタッチを変えることだったり、どうしても経験不足になってしまいます。
本番2ヶ月前、とある駅のストリートピアノで通し演奏してみました。
納得できる演奏からは遠かった。
周りが気になって、音に集中するまで時間がかかるわ外すわ…課題あり。
1ヶ月前からは、本番を想定してグランドピアノでの練習を開始。
本番と同じ型番のスタインウェイのコンサートピアノD-274を試弾し、タッチを確認しました。
スタインウェイは、軽いタッチでもキラキラときれいな音が鳴るので、YAMAHAのピアノに戻ったら変な力が入ってしまう"スタインウェイ事件"が勃発。
2週間前には、突然曲の途中でつまずくようになり、一時的に曲から離れました。
本番1週間前は、発表会会場でのスタインウェイ試弾イベントにも参加しました。
猛暑の始まりで暑さに慣れず、汗の乾かぬまま2度も通してヘトヘトでしたが、演奏者1人、観客は妹だけという贅沢な空間で、タッチや響きを確認できました。
ただ、先日弾いたのと同じスタインウェイなのか?と思うほど高音が重く、弾き方を少し変えるなど調整しました。
そして本番
2024年7月14日。本番。
スタインウェイは音が出やすくなっていて(調律師さんと先生に感謝)、本番では豊かな響きとキラキラ音が活かせるように弾いてみました。
仲間が聴きにきてくれて、予想以上にあたたかい雰囲気の中、思いっきりやれたかなと思っています。
ミスタッチ、音色のコントロールなど課題は残るものの、本番をやり切った達成感はありました。
時間の都合で少しカットしたものの、それでも10分を超えるソロ曲を弾いたのは、おそらく初めてだったかもしれません。
ここまで突き動かしたものは何か
私なりに、できることを毎日、無理せずに続けていたら、曲が形になりました。
通して弾けるようになってから、曲を曲にするのには半年くらいかかりました。納得できるレベルまでいったのは、本番2週間位前だったと思います。
関連書籍を読んだり、プロの演奏を聴いたり、筋トレしたり、ピアノの練習以外にやったことも演奏の助けになりました。
何がここまで突き動かしたのかと言えば、
ただ、この曲が好きだったから。
好きって言ったって、もう少し何か説明あるでしょうと思うかもしれません。
ただ、わざわざ思考しないと言葉にできないことだとしたら、それはちょっと違うのかもしれない。
言葉にできない、心の奥底でゾクゾク感じる何かに響いたんだと思います。
今は言葉に置き換えることはできないので、あえてモヤっとしておこうと思います。
「ありがとう」しか、出てこない
発表会には、たくさんの仲間が聴きにきてくれました。
客席からあたたかさが伝わってきて、穏やかな気持ちで音にガチっと集中できました。
以前、ポップスのアーティストのライヴへ行ったとき、ヴォーカリストが「みんなのこと幸せにするからねー!ありがとねー!」と叫んでいました。
そのときは意味がわからず、どういうこと?って思っていましたが、今となってはまさに同じ気持ちです。
聴いてくださったみなさまには
「ありがとう」しか、出てこない。
お金を払ってチケット買ってくれたからとか、そういうことじゃなくて…
音楽が人を動かし、人と人をつなげ、同じ空間で感動を共有し、豊かな気持ちになれるっていう経験そのものが、まさに「有り難きこと」だなという思いからです。
ありがとう。
人生の宝物と思える経験にはなかなか遭遇できないものですが、まさに宝物のひとつになりました。
ま、このような経験をしてしまうと、ピアノの練習をやめられなくなるのです。
つづく