プロローグ2-2(ムサシ、月歌へ)-サイレント・ネオ-boy meets girl-
「なあ、ムウ・メウさんよ、この勲章やその紙っきれの代わりにいったい、どれくらいの人間が死んだんだろうな…!?」
2
「…さあな」
ムウ・メウは突然冷たい目になってムサシを見つめた。
彼女の癖である。自分の気持ちを見せたくないとき、突然心を閉ざすのである。
しかし、ムサシはそれぐらいでは全くひるまない。
「俺が戦争に行っている間に、コハルは死んだ…」
「聞いたよ、残念だった…」
コハルはムサシの恋人だった。
病気がちであり、身体は強くなかった。
「本当にそう思っているのか…これだから政治家ってやつはよ!」
ムサシは突然、声を荒げた。
「どうした、ムサシ…一年ぶりだというのに何を言いに来たんだ?」
「俺はな、つくづく思ったんだよ。第4コロニーがどうだとか、エースに認定されたとか、何階級昇進だとか、俺にはどうでもいい!
もちろん、あんたの政党がどれだけ議員を増やしたとか、そんなことももちろん関係ない!」
「…」
今度はムウ・メウが無言になる番だった。
「スーパーエース? 5階級特進? だからなんだってんだ。
あんたらお偉いがたは自由に肩書を動かせるんだろうけれどな…そんなもんに、何の価値があるんだ…俺は縛られねえぞ!」
ムサシは怒りが頂点に達し、机をおもいきり叩いた。
ムウ・メウの目の前に山のように重なっていた書類が、ばさばさと宙に舞い床に落ちていく。
「ムサシ、勘違いしているようだが、しょせん私は一党首に過ぎないんだ。
私には肩書を自由に動かすことなんてできないのだよ」
ムウ・メウは身分を全くわきまえない失礼な19歳の若者を前にしても、怒りを表すことはなかった。
変わらぬ冷たい眼差しで見つめているだけだった。
「そうか…まあいい。俺はあんたと会った時に言ったよな。あんたに協力はするが、家来になんかならねえってな!」
「ああ、言ったよ」
「あんたには資金面でずいぶん世話になった。だけど、今回の戦争でその恩に報いたはずだ。俺はもう金輪際、あんたとのかかわり合いは終わりにする。それを言いに来ただけだ」
「そうか…」
ムウ・メウの返答にムサシは一瞬戸惑った。
怒るとか引き止めるとか、そういった態度を予想していたからだ。
ムサシの申し出をあまりにあっさりとムウ・メウは受け入れた。
しかし、それはいつも冷静沈着なムウ・メウらしかった。
「なるほど、あんたらしい返事だな。そういった性格、嫌いじゃないぜ。
だけど、俺は軍人になるつもりも…なったつもりもねえが、そういうことだ、じゃあな」
ムサシは踵を返し、ムウ・メウにくるりと背を向けた。
「ムサシ、一つだけ聞きたい…」
そのムサシの背中ごしにムウ・メウがたずねた。
「…なんだ?」
「これからどうするんだ? どこに行くつもりだ?」
「あんたには関係ないと言いたいところだが、世話になったからな…もう地球(テラ)にはいるつもりはねえ」
「地球(テラ)から出るのか…逃げるのか?」
「逃げるわけじゃねえさ…とにかく俺は、地球(テラ)から離れる。じゃあな、一応礼だけは言っておくよ」
こうしてムサシはエレファンツに突然の別れを告げたのだった。
ムサシが執務室を出ようとドアを開けると、足早にムウ・メウの弟で副党首のメッシ・メウがかけこんできた。
「ムサシ、もう帰るのか!? せっかく祝福しようと思ってきたのに。
あれ…待てよ、ムサシ、ムサシ…!」
メッシはムサシを祝福しようと、高級シャンパンを手にたずさえていた。
しかし、ムサシはメッシを無視して、あっさりと去って行った。
「まだまだ若いな、ムサシ…」
ムウ・メウはぽつりとつぶやいた。
「姉さん、いったいムサシはどうしたんですか、来たと思ったら、すぐに帰ってしまって…!?」
「エレファンツをやめるそうだ…」
ムウ・メウはため息まじりに言うと、落ちてしまった書類をかき集めた。
「やめるですって!? 姉さん、なんで止めないんですか…スーパーエースのムサシが抜けたら、うちの党はまた軍事の主導権を失ってしまいますよ!」
「止めれるものなら止めてたさ…」
ムウ・メウはムサシと一緒に飲もうとしていた透明のポットに入った紅茶をティーカップに注ぎ、1つは自分に、1つはメッシの前に置いた。
「しかし…」
「メッシ、お前もまだ若いな…ムサシのことをよく知ってるだろ。彼は誰が止めたって、自分が決めたことは曲げない人間。
彼を止められるのは師匠であるマスター・セッシュウサイ・スウゲンだけだ」
すっかり諦めているムウ・メウに納得いかないメッシは反論した。
「だけど、何としても止めるべきですよ…それに、ムサシはここを離れてどこに行くっていうんです!?」
「地球を離れると言ってたな…」
ムウ・メウは再び椅子に座り、紅茶を口にした。
「地球を離れる!?」
「ムサシにとってこの前の戦争は初陣…初めて人の命を奪った。そのショックはあまりに大きかったんだろう。
CAリーグは所詮、実戦ではない…眠れない日々が続いていただろうな…まして、最愛の恋人を失ったんだ。
仕方ないさ、ムサシはまだ若い。しばらく頭を冷やせば、また戻ってくるさ」
「そうでしょうか…?」
「たぶんな…戻ってこなかったら、それも仕方がない。それもムサシの人生だ」
ムウ・メウは静かに息を吐くと、瞳をわずかにふるわせて窓の外を憂いた表情で見つめるのだった。
つづく…
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