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エメラルドの瞳
私が彼女に出会ったのは、最近通い始めた料理教室だった。彼女の瞳は片目だけ、エメラルド色をしていた。彼女を初めて見た時、なんて綺麗な目をした人なのだろうと思わず見とれてしまったのを覚えている。彼女は、今更料理を習う必要などないくらいもともと料理が上手くて、何でも器用にこなした。みんなが彼女と仲良くなりたくて、こぞって話しかけに行ったけれど、彼女はみんなの誘いを全部断って、なぜか何の取り柄もない私に話しかけてくれた。――嬉しかった。今まで、みんなが陰で私の悪口を言っていたのを知っていた。けれど彼女のおかげで、私はこっそり優越感に浸っていた。
私は彼女とランチに行ったり、ショッピングをしたりしながら、仲を深めていった。でも、私は自分に自信がなかったから、ある時、つい不安になって彼女に聞いたのだ。
「どうして私と仲良くしてくれるの?」
って。彼女はエメラルドの瞳を三日月形にして控えめに笑うと言った。
「あなたが一番良い人に見えたから。思った通りの素敵な人で良かった。」
「でも、みんながあなたと仲良くなりたがっていたのに・・・。」
私が俯いて言うと、
「いつもこの瞳のせいで、周りの人に気味悪がられるの。話しかけてくれた人も、きっと何か打算があっただけよ。」
と、彼女は寂しそうな声で言った。彼女はきっと昔誰かに傷つけられたのだろうと感じて、私だけは、何があってもずっと彼女の友達で居ようと心に誓った。
「その瞳、私はとっても素敵だと思う。大丈夫、私はずっとあなたの側に居るわ。」
私が勢いで本心を打ち明けると、
「そう言ってくれて嬉しい。やっぱりあなたとお友達になれて良かった。」
と、彼女は美しく笑った。彼女の笑顔を見ながら、私も彼女の友達になれて良かったと思った。
会う度に私は彼女の言葉に掬われて、心が洗われる気がした。ある日、彼女は私にだけ、ある秘密を打ち明けてくれた。
「私ね、“視える”んだ。内緒よ?」
「視える?」
私が聞き返すと、
「そう。怖い霊とかじゃなくて、優しい精霊。人間を守ってくれているの。こっちの緑色の目だけが精霊の世界を捉えることができるのよ。」
彼女はちょっぴり得意気に言った。やっぱり彼女は普通の人とどこか違うと思っていた。彼女には特別な力があったのだ。私にだけ打ち明けてくれたことも嬉しかった。
その日から彼女は私に精霊の世界の話をしてくれるようになった。精霊が庭のオリーブの木でかくれんぼをしていた話、朝ごはん用のいちごジャムを精霊につまみ食いされた話、怪我の予兆を精霊に教えてもらった話・・・。どれも可愛らしく心優しい精霊の話ばかりだった。精霊の話をする彼女は、活き活きと輝いて見えて、私は彼女を更に好きになった。ただ、どんなに彼女の視える世界に憧れても、緑の目を持たない平凡な私に、精霊を視ることはできなかった。
彼女の秘密を知ってから一年が経った頃だろうか。彼女に急に呼び出されて、近くのカフェに行くと、彼女は見知らぬサングラスの女性と一緒に私を待っていた。彼女と親しげに話すサングラスの女性に苛立ちを覚えた。
「こんにちは。今日はどうしたの?」
平静を装って私から声をかけると、
「来てくれてありがとう。この方は私のお友達のさやかさん。私の瞳について、ずっと研究してくれている方よ。」
彼女はサングラスの女性を紹介した。彼女と女性の間の親しげな空気にいらいらした。
「どうも。」
私が端的に挨拶すると、
「さやかさんがついに、私の視ている世界を他の人にも共有する方法を発見したのよ。私、ぜひ、あなたに視て欲しくて今日お呼びしたの。」
彼女は嬉しそうに微笑んで言った。
「え、本当ですか?私もぜひ視てみたい・・・。」
私が興奮して言うと、
「でも・・・、それには特別な道具が必要で、お金がかかってしまうのよ・・・。まだまだ研究中の分野だから、その道具は高いみたいで・・・。」
と、彼女が悲しそうに言った。
「大丈夫です。お金は絶対に用意しますので。」
私は迷わず精霊を視る事を選んだ。道具さえ買えば、彼女が視ている世界を共有できるようになる。そうしたら私は、彼女ともっと仲良しになれる。まわりの誰よりも。さやかさんよりも。
ね、そうよね?