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破壊の種が生まれし夜

「・・・ミラ?」 
咎めるように私の名を呼ぶ声が聞こえた。快楽に浸りすぎて油断していた。人に見られた。どうしよう。焦る私の口からは言い訳しか出てこない。
「これはっ・・・、違うの。私じゃない。私がやったんじゃないの。」
私は血と脂でぎとぎとに汚れた赤い手を自分の背中に隠して、ただ首を横に振った。
「嘘をつくのはいけない子だと私、教えなかったかしら?」
彼女が冷たい目をして言った。
「その・・・あのっ・・・。」
その目に射抜かれた途端、鳥肌が立ち、私は何も言えなくなった。
「ねぇミラ?それをやったのはあなた?」
彼女の質問に、私は俯きながら頷いた。涙が零れ落ちた。とうとうばれてしまった。彼女も私の側から居なくなってしまうのかもしれない。彼女の意思の強さに憧れていた。彼女に選ばれて、必要とされているようで嬉しかった。そんな彼女の隣にいることが私の誇りだった。でも、欠陥品の私は、やっぱり気高い彼女にはつり合わない。
「・・・ごめんなさい。」
搾り出すような声で、何度も何度も謝った。
「あなたが隠れて人を殺していることに、私が今まで気がつかなかったとでも思っていて?」
彼女の質問に私ははっとして顔を上げた。
「ミロワール、知っていたの・・・?」
彼女、ミロワールは優雅に頷いた。
「今まで、知っていて側においてくれたの・・・?どうして・・・?」
私は泣き崩れながら聞いた。
「私もあなたと同じだから。そしてそんな壊れた自分を愛しているから。」
ミロワールはにっこりと微笑んで私に手を差し伸べた。彼女の笑顔は美しかった。
「あなたと私が同じ?」
私は彼女の手を縋るように掴んで聞いた。私は最初から壊れていた。痛みや残虐さへの畏怖や嫌悪が欠落していた。まるで獣のように、血の香りと傷口からあふれ出す熱を求める気持ちが何をしても消せなかった。初めて猫を殺した夜、体の奥底か湧き上がってくる興奮で笑いが止まらなかった。猫の血と脂でぎとぎとに汚れた赤い手は、白い月の光でぬらぬらと輝いてこの上なく美しく見えた。
「私は死ぬ直前の命のきらめきが好きよ。人は死を意識した時に初めて、その生が美しく煌くものだと思うの。」
そう言うミロワールは、ぞっとするように冷たく、まっすぐで、けれども春の日差しのように穏やかな笑顔だった。その氷のような美しさと退廃的な言葉は私を魔法のように魅了した。話してしまいたいと思った。今まで人には隠してきた私の殺戮のことを全部打ち明けてしまいたい。ミロワールならきっと、私を許してくれる。そう思って初めて、私はずっと、誰かに許されたかったのだと気付いた。
「私・・・、私、ずっと自分のこと、「獣」だと思っていたの。だって、人を殺したい欲求が湧き上がってくるなんて「ヒト」じゃないでしょう?でも、私が「ヒト」じゃないって気付かれたら、周りのみんなが居なくなってしまうって思ったら、私、怖くて・・・。」
気がついたら、泣きながら告解していた。
「本当の自分に嘘をついていたのね。悪い子。」
ミロワールの色っぽくて優しい声が私を包むように響いた。私が落ち込んで俯くと、そんな私をあやすように、甘い声が続いた。
「でも、私はそんなあなたが好きよ、ミラ。」
ミロワールは血に濡れた私を抱きしめた。
「ミロワール。」
私が泣き顔を彼女に向けると、
「私には大きな望みがある。そのためにはあなたが必要だわ。さぁ、この首輪を取りなさい?」
ミロワールの言葉で、目の前に転がる死体を見つめながら想像した。気品高く、美しく、既に女王のような威厳を持った彼女の隣にいる未来を。そして、憧れていたそんな自分の姿に思わず笑みが零れた。
「あなたが私を必要としてくれるなら。」
私はミロワールに促されるままにその首輪を自分の首に嵌めた。
「ふふふ、良い子ね。」
ミロワールは私に口づけて、上品に笑った。

 これは、後に冥王とオシリスの猫と呼ばれる2人の始まりの物語。

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