煙草味の口づけ
部屋に入るなり、キミは荷物を置いてタバコに火をつけた。ピースアロマロイヤル。キミのタバコは他の人のそれより、ほんのり甘くて上品な匂いがする。私は昔からタバコが苦手で、たった2時間のカラオケさえ、禁煙ルームじゃないと絶対に嫌だったけれど、キミのタバコだけはどうしても嫌いになりきれなかった。この香りを嗅ぐ度に、私はキミの存在を強く感じて、愛おしくてたまらなくなる。それでもやっぱり、タバコが苦手だという基本スタンスを崩したくはない。
「あー、またタバコ吸ってる。もう止めるって、この前言ってなかった?」
私が少し口をとがらせて指摘すると、
「そうだっけ?忘れちゃった。」
と、キミは悪びれもせずに笑った。
「もぉ……。」
私が小さく呟くと、
「ふてくされてないで、ゼリー食べよ?そうだ、あーんしてあげよっか?」
キミは何も気にしていないように笑って、吸いかけのタバコを一度灰皿に置いた。
「…食べてもいい。」
私が答えるのを待って、キミは私を自分の横に呼んだ。有名な果物屋のフルーツゼリー。ゼリーの上にはクリームと生の果物がのった高級品だった。
「ほら、あーん。」
ゼリーと苺を乗せたプラスチックスプーンが私の口まで伸びてくる。頬張ると、口の中に爽やかな甘酸っぱさが拡がった。
「おいしい?そういうの、好きかなって思って選んだんだけど。」
二本目のタバコに火をつけながらキミはそう言って、私から顔をそらして煙を吐いた。
「おいしいから、キミもタバコじゃなくてゼリーにしたらいいのに。ゼリーの方が圧倒的に体にいいよ。」
私は冗談めかしてそう言って笑った。キミは
「ゼリーはこうやってもらうからいいの。」
と言って、私に突然キスをした。甘い匂いとは裏腹の、噎せるようにガサガサしたタバコの味がした。
「タバコの味がするキスは嫌い。おいしくない。」
私が不満気に言うと、
「はははっ、嫌われた。」
と、キミは何も気にしていないみたいにからからと笑った。
「意地悪。」
私はそう言い残して、キミの腕の中をすり抜けて一人でベッドへと向かった。キミがタバコを消して近付いてくるのが気配で分かった。キミの重さでベッドが軋む。
「ごめんね、怒らないで。からかいすぎたね。」
キミの甘くて柔らかい声と、頭に触れる優しい手。単純な私はこんな言葉と仕草で許してしまう。
「この味、本当に嫌い。」
私はそう言いながら、今度は自分からキミの唇に自分の唇を重ねた。
「嫌いならやめたらいいのに。」
キミは笑いながらそう言ったけれど、私にやめる気が無いと分かっているみたいに、私の頭の後ろに回した手を離そうとしなかった。
「でもキスは好き。」
私がもう一度深くキスをすると、キミは一度楽しそうに笑って、
「色っぽい。可愛い。」
と囁いた。キミから香る、蕩けるような甘いタバコの香りを吸いながら、あぁ、キミが好きだと強く思った。