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クロスグリは風に揺れる

 すぐに夢だと分かった。蘭が男だったからだ。幼馴染の蘭は、普段、女子高の軽音楽部で男装バンドのヴォーカルをしている。男の俺から見ても納得のかっこよさと美しさで、多くの女子からきゃーきゃー言われていた。バレンタインのチョコレートも、絶対に毎年俺より多い。けれど蘭は間違いなく女だったし、俺の中では蘭を可愛らしく思う気持ちがあった。男になった夢の中の蘭の見た目は、普段とあまり変わらなかったけれど、なんとなく上手く言い表せない違和感がぬぐえなかった。
「どうしたの、しょーちゃん?そんなにきょとんとした顔をして。」
目の前の蘭が笑いながら言った。
「え、いや、別に何でもないよ。」
俺が取り繕うように言うと、
「変なしょーちゃん。」
と、蘭の隣の恋桜(こはる)も笑った。蘭と恋桜は親しげに顔を見合わせて微笑み合った。蘭は俺のことはお構いなしで、
「もう、本当に僕の姫は可愛いなぁ。」
と言って恋桜の頭を撫でた。俺は、蘭が男になっても、恋桜も俺も変わらず蘭の側に居ることに安堵した。恋桜も幼稚園の頃から一緒にいる俺たちの幼馴染だ。蘭は小さな頃から、同性の恋桜に特別な感情を抱いていたが、中学の頃の一件を経て、その想いを胸の奥にしまって一生恋桜の友達として側にいることを決めたらしい。当事者でない俺は、もどかしい気持ちになりながらも、どうすることも出来なかった。

 現実の二人は変わらず仲が良かったが、今の二人からはいつもよりもっと親密な空気感を感じた。
「またいちゃいちゃして。」
俺がカマをかけるように茶化すと、
「いいじゃん。粘って粘って、やっと僕と付き合ってくれたんだから。」
蘭は嬉しそうに恋桜をぐいっと自分の方に引き寄せて言った。そうか、この世界では蘭の想いがやっと叶ったのか。喜ばしく思うと同時に、少し切ない気持ちが胸の奥をぴりりと指した。恋桜はキラキラした瞳で蘭を見上げながら、
「らんらんだっていろんな女の子にもてもてだったくせに。」
と言って笑った。
「どんな女の子に言い寄られても、ずっと前から僕ははるのことしか見てなかったよ。」
蘭はヴィジュアル系バンドのような見た目で、爽やかにそんなセリフを口にするから、さながらホストに見えた。
「もう、らんらんってば。」
恋桜は照れながらも嬉しそうに笑った。二人がいちゃつきながら笑っている。こんな世界も悪くないな、と思いながら、目の前のコーヒーを飲もうとしたところで目が覚めた。

「森川おはよう。何の夢を見ていたの?ずっとにやにやしていたけど。」
柔らかな声で那央(なお)が言った。俺はなかなか部室に来ないみんなを待っている間に、居眠りをしていたみたいだった。
「どうせエロい夢でも見てたんだろ。森川はそういうの興味無さそうに見えて、実は超詳しいタイプだと思うんだけど。」
横から都夢(ひろむ)の声がした。
「見てねーよ。」
咄嗟に笑って反論し、都夢の
「どうだか?」
という声を聞き流しながら、夢の中の蘭を思い返した。

 蘭は恋桜と付き合うという望みが叶うなら、男になりたいと思うのだろうか?それともやはり女として、女の恋桜を好きでいたいのだろうか?でもきっと、蘭がどの性別としてどの性別を好きかなんて、大した問題ではないのだと思う。俺だって、夢の中の蘭に向ける感情は、蘭が男だと認識していても、今と全く違わなかった。大丈夫。今までもこれからもずっと、俺はどんな蘭でも側にいると決めている。たとえ俺の恋が一生叶わなくても、蘭が幸せに笑っていてくれるならそれでいい。俺にとっての蘭はずっと前からそんな存在なんだ。

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