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夢で会ったキミ

 この頃毎晩、夢の中で会う女の子が居る。場所やシチュエーションは毎回違うけれど、いつも同じ女の子が出てくる夢。女の子と僕は夢の中で恋人同士だ。告白して付き合うシーンの夢を見たわけじゃないけれど、夢の中の僕は、ごく当たり前のようにそう認識している。
 この前も、記念日の夢を見た。僕たちは水族館でデートをしていた。彼女が空を飛ぶペンギンが見たいと言うから、そんなペンギンショーが見所の水族館まで来たのだ。こっそりペンギンのぬいぐるみを買って渡したら、彼女は
「もう、ぬいぐるみで喜ぶほど、私は子供じゃないよっ。」
と、ほっぺたを膨らませて怒りながら、嬉しそうに何度も眺めては抱きしめていた。歩く時は邪魔になるかと思って、
「袋に入れておこうか?」
と聞いたけれど、
「この子、袋は嫌だって言ってるよ。」
と言って、ずっとぬいぐるみを抱っこしたまま離さなかった。多分、めちゃくちゃ喜んでくれていた。夢の中の僕は、そんなちょっとだけ子供っぽくて、感情の変化が分かりやすい彼女を愛おしく思っている。
 彼女の家でオムライスを作ってもらう夢を見たこともあった。一人暮らしの彼女の家には、玄関を開けてすぐキッチンがあって、彼女が卵を溶くリズミカルな音が響いている。僕がちょっかいを出しに行くと、彼女は
「こら、危ないでしょー。」
と言いながら、チキンライスに薄く焼いた卵をかけた。僕が
「運ぼうか?」
と聞くと、
「ケチャップは私がかけるんだからね。勝手にかけたらダメだからね。」
と言いながら、僕の分のオムライスのお皿とケチャップを渡した。少しして部屋に移動してきた彼女は僕の隣に座ると、嬉しそうにケチャップを手に取った。一生懸命手元を隠しながらオムライスに落書きする横顔は、無邪気な子供みたいで可愛らしいと思った。
「でーきたっ。はいっ。」
オムライスにケチャップで描かれていたのは、『だいすき』の文字。僕は思わず彼女を抱きしめて唇にキスをした。
「僕も好き。」
彼女のこういうところが好きだと思った。夢から覚めた後の僕も、いつしか彼女のことばかり考えるようになっていた。

 ところが、現実の僕は、彼女に全く心当たりが無いのだ。普通は現実で親しい人や、大切に思っている人が夢に出てくるものだと思う。しかし、今の僕の生活に関係する人だけでなく、僕が昔出会った人たちを思い起こしてみても、彼女に似た人さえ居ないように思った。夢でどんなに楽しい時間を過ごしても、目が覚めれば彼女は居なくなってしまう。目覚めるタイミングをコントロールできるわけも無く、起きてしまうとどうしようもなく虚しい時間がやって来る。目覚める直前の彼女の唇の温もりが残っているような気がして、自分の唇をなぞりながら、枕を濡らした事もある。だけど、どんなに願っても、想っても、僕の現実の中に彼女はいなかった。

 そして、その日は突然やって来た。ある日を境に、ぱったりと彼女の夢を見なくなったのだ。前触れは無かった。いつものように、まだ眠くも無いのにベッドに入って、僕は目を閉じた。やがて訪れる緩やかな眠り。そして訪れる目覚め。夢は見なかった。初めは疲れているだけなのかと思ったけれど、何度眠っても、あんなにラブラブだったはずの彼女は、僕の夢に二度と出てきてくれなかった。こんな日が来る事を、うっすら考えたこともあったけれど、実際にそうなってみると、想像していた以上に無気力になった。

 夢で彼女に会えなくなって一ヶ月くらい経った頃、僕はふと、夢で彼女と行った場所に実際に行ってみようという気持ちになった。落ち込んで、家から出る気力もわかなかった僕にしては、随分進歩した決断のように思えた。
 記念日に行った水族館。空飛ぶペンギンのショーを見ていると、前の方に見知った後ろ姿があることに気付いた。何度も現実で会いたいと願った彼女。夢の中で毎日会っていた彼女。見間違えるわけが無い。それは間違いなく彼女だった。興奮して声をかけようとして、現実では、僕と彼女は今初めて会ったばかりだという事実に思い至って、何と声をかけて良いか分からなくなった。躊躇していると、ショーを見終えた彼女が振り返り、数秒間僕の顔をじっと見つめた。彼女だ。夢でしか会ったことがない女の子。時が止まったように思えた。彼女はそのまま僕に近づいてくると、にっこり笑って口を開いた。
「久しぶり。やっと会えたね。」
彼女の目を見た途端分かった。今、夢と現実が溶けて一つになったのだ。

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