粉雪が降る街の記憶
ドアを開けて外へ出ると、辺りは既に薄暗くて、冷たい風が私の頬を撫でた。
――そうか。もう冬なんだ。
身に沁みる寒さを感じながら、私は今年もあの子を思い出した。粉雪の降る薄暗い道を、かじかむ手を繋いで一緒に帰った甘酸っぱい思い出。
あの子は、恭ちゃんは、漫画が好きで、絵を描くのが上手かった。よく、当時はやっていた漫画のキャラクターの絵を描いて、私にくれたのを覚えている。
恭ちゃんは歌も上手かった。一緒にカラオケに行くと、かっこいい男性アイドルの歌を、私だけに向けて歌ってくれた。とてもときめいて、嬉しかった。
恭ちゃんはとてもお洒落で、学校帰りに、わざわざ私服に着替えて一緒にお洋服を買いに行ったこともある。恭ちゃんに似合う女の子で居たくて、私も背伸びをして、おそろいのブランドのお洋服で着飾っていた。
恭ちゃんはいつも一緒の仲良しグループの一人だった。みんなクラスは違ったけれど、休み時間になる度に集まってくだらない話をした。その中で恭ちゃんの隣は、私の指定席だった。私を可愛いと言って甘やかす恭ちゃんも、楽しそうに笑っていた。あのクラス替えまでは。
クラス替えの後、恭ちゃんは同じクラスになった彩花ちゃんと一緒にいることが多くなった。彩花ちゃんとは、好きな漫画が同じで、気が合うみたいだった。
――私の恭ちゃんだったのに・・・。そこは私の席だったのに・・・。
二人が一緒に居る姿を見る度、暗い感情が頭をよぎって、彩花ちゃんが羨ましくてたまらなかった。私は彩花ちゃんが嫌いだった。
しばらく恭ちゃんと話さない日が続いたある日、恭ちゃんから手紙を貰った。恭ちゃんが考えた猫のキャラクターが描いてあって、ラブレターかと思った。
「美里が喜ぶような内容じゃないと思うけど。」
気まずそうにそう言って渡されたルーズリーフを、私は喜んで両手で受け取った。
『しばらく話してないけど、別に美里のことを嫌いになったわけじゃないよ。』
一行目を読んでホッとした。
『ってか、そもそも私、美里のことすごく好きなわけじゃないし。あんまりべたべたくっつかれると、私までレズだって思われるからやめて欲しい。正直彩花と一緒に居る方が、気が合うし楽しいんだよね。洋服も、漫画も、私が好きなだけだから、無理して合わせなくて良いし。まぁ、もう学校で会っても話すこともあんまりなくなると思うけど、元気で。』
その先を読んで絶句した。感情が急に遠くに行ってしまった気がした。
――そうか、私はレズビアンだと思われているのか。
どこか他人事のように、何の気持ちも伴わずに客観的に思った。当時の私は、レズビアンとは、女性でありながら女性を恋愛対象とする同性愛者のことだと、おぼろげに知っていた。確かに私は恭ちゃんと仲良くする彩花ちゃんに嫉妬したし、恭ちゃんと手を繋いだり、ふざけてキスしたり、デートと称して一緒にお出かけしたりするのが好きだった。恭ちゃんにときめいて、恭ちゃんを独り占めしたいと思った。でも、『レズビアン』という単語が私を表すのだと考えた時、上手く言い表せない違和感があった。
恭ちゃんとは結局、仲直りしないまま卒業してしまったけれど、別に恨んでいるわけじゃない。あの日の感情は、雪の中に埋めてしまったように、冷たくて遠い。ただ、私は今も、自分の中の『好き』を表すための、しっくりくる表現を探し続けている。あの日からずっと。
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