きっかけ
先輩を好きになったのは、去年の丁度今くらいで、桜が葉桜に変わり始めた頃だった。入ったばかりのバトミントンサークルは真面目な人が多く、サークルという名前の割にハードな練習で有名だった。
その日、私は一つ上の蒼太先輩とペアになり、ネット越しにシャトルを打ち合って練習していたが、どうも体調が優れなかった。必死にシャトルを打ち返していたが、次第に足元がおぼつかなくなってくるのが自分でも分かった。
「美優ちゃん大丈夫?ちょっと休む?」
私の様子に気付いた蒼太先輩が、ネットをくぐって駆け寄ってきてくれた。
「大丈夫です。ちょっとお水飲めば回復すると思うので。すみません。」
私がそう言って体育館の端に置いてあった水筒のところまで歩き始めると、先輩は私を庇うように隣を歩いた。
「お昼ご飯、全然食べてなかったみたいだけど、体調悪い?」
優しく丸い声は私に寄り添うように温かい。先輩は聞き上手で、不思議と何でも話したくなってしまう。
「いえ、食べるの苦手なんです。もともと。」
私が少し含みを持たせて答えると、
「それは、たくさん食べるのが苦手ってこと?」
先輩が柔らかな声で聞いた。
「・・・拒食症的な?」
私が言うと、
「そっかぁ・・・なるほど。」
先輩は少し考えるように頷いて、自分もスポーツドリンクを少し飲んだ。さすがの先輩でも引いたかなと不安になって、そっと横目で先輩を見上げると、
「食べるの我慢してて、めちゃくちゃ甘いものが食べたいなーとか思うこと無いの?俺は練習の後とか我慢できなくなってついコンビ二寄っちゃうんだよね。」
と、あまり気にしていないような聞き方をしてくれた。私を傷つける反応をしないように、言葉を選んでくれたのだろうと思った。今までこんな風に何てこと無い言葉を返してくれる人が居なかったから、泣きそうなくらい嬉しかった。
「甘いもの食べると太っちゃう、良くないって思うと、食べてもおいしくないものに感じるんですよ。」
私が苦笑いしながら言うと、
「そうなんだ。自己暗示的な?ちょっと便利かも。」
先輩はそう言った後、
「でも最低限はちゃんと食べないと倒れちゃうよ。そんなんじゃゴールデンウィークの合宿も参加させられないなー。」
と、いたずらっぽく笑いながら言った。はっとした後、きゅんとした。心配してくれている。嬉しい。
「でも、参加しないと、私だけレベル落ちちゃいます・・・。」
私が少し口をとがらせて言うと、
「美優ちゃんが真面目なのは知ってるけど、体が一番大事だからね。副部長命令です。」
先輩はやや強引な口調で私を止めた。もともと、痩せるために激しい運動をしたくて入ったサークルだったから、例え倒れてもポリシーを貫きたい気持ちはあって、不服そうな表情をしてみたけれど、先輩がそう言ってくれること自体は素直に嬉しいと思った。穏やかな口調なのに、少し強引に私を止める先輩がとてもかっこよく見えて、このまま私のことだけを気にかけてくれたらいいのにと思った。
「・・・なら、私がご飯食べるの、見張っててください。先輩と一緒なら、ちゃんと食べるから。」
先輩の全てを包むような温かい声に褒められたいと思ったら、そんなことを口走っていた。
「えーっとそれは・・・、俺と一緒にごはん食べたいってことかな?」
少し考えるような間があって、先輩がそう聞いた。確かに要約するとそうなるけれど、よく考えたら、私ってとんでもなく構ってちゃんな女じゃないかと気付いた途端、恥ずかしくなった。めんどくさいと思われたら間違いなく避けられるだろう。みんなに優しい先輩に避けられたら相当メンタルをやられるだろうとわかる。私が慌てて首を横に振りながら言い訳を考えていると、
「いいよ。ちゃんと食べるって約束ね。」
と、先輩は楽しそうに笑いながら言った。先輩のこういうところ、好きだなと思った。