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ネジ巻き式球体関節人形

 体が軋んでいるのを感じていた。もう限界だと分かっていた。そろそろ私の時は終わるらしい。人形である私は、マスターにネジを巻かれて目を覚まし、時が来たらまた長い眠りにつく。何度も何度も目覚めと眠りを繰り返し、時間をワープしながら生きている感覚。寂しさも、哀しみも、怒りも、全て通り越した93回目に私を起こしたのがアーティーだった。アーティーは私を人間の恋人のように扱ってくれて、この目覚めで、私は初めて愛に似た感情を知った。

「アーティー、こういう時、人間なら泣くのかしら?」
私は、もううまく音にならなくなってしまったかすれ声で聞いた。
「大丈夫。きっとまた会えるさ。」
アーティーは涙を堪えるような表情のまま、私の頭を撫でながら言った。穏やかな声だった。本当はもう会えないと二人とも分かっていた。
「ねぇ、・・・キスしてくださる?いつも・・・みたいに。」
途切れ途切れに私が言うと、
「嫌だよ。そうしたらキミがそのままいなくなってしまう気がする。」
アーティーは駄々をこねるみたいに、大きく首を振って言った。
「いじ・・・わる・・・。」
球体の関節が、硬くなってくるのが分かった。私は力を振り絞って、アーティーの頬へ手を伸ばした。すかさず、私の小さな手を、アーティーの温かな手が包んだ。特注で作ってもらったお揃いの指輪が光る。
「す・・・き・・・よ。」
私が言うと、
「僕は愛してる。」
と、アーティーは言った。そして、私を包み込むように抱きしめてから、
「良い夢を。おやすみアイリーン。」
と囁いた。静かにフェードアウトしていく意識の中で、アーティーと過ごした限りある時を思った。次に目覚める時、アーティーはもういないだろう。だけど私はずっと覚えている。甘い歌声も、細くてしなやかな指も、一緒に橋から見た満月も、全部覚えている。記憶の中のアーティーと共に、私は時間を越えるのだ。

 開いた瞳の隙間からこぼれる光。キラキラと嬉しそうな声が降ってくる。
「アイリーンおはよう。」
ぼやけた意識の中で思う。あぁ、朝だ・・・と。

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