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コアラのいる教室
山之上高校は、繁華街を通り抜けた先にある大きな公園の横にあった。
偏差値は平均より少し上くらいでごく「普通」の高校だ。通っている生徒も、その時代の平均的な雰囲気の、ごく普通の生徒が多い。
当時は、大学進学組よりも就職組の方が多かった。他には、ごく少数派の専門学校進学希望組がいた。
専門学校進学組の美穂は、書類審査で入学OKの学校を選び、周りからは浮いた存在になっている。
入学時から成績はずっとトップクラスだった美穂だが、学年順位トップ3の常連から脱落し、2学期の中間テストでは20位にまで落ちてしまった。期末テストはもっと順位が落ちるだろう。
真剣に大学受験を考え日々努力しているクラスメートとは次第に話が合わなくなっていった。
トップクラスではない、受験勉強をしていない美穂に対して先生も期待をしなくなったし、勉強仲間だったクラスメートも離れていった。
学校という場所は、成績が抜群に良いかスポーツができる人が学校では価値があるみたいだ。
なんだかな・・ずっと成績だけで人格を決められていたなんて。
高校3年の一学期までは、追い抜かれることが嫌で頑張ってきたけれど、抜かれてしまえばなんてことはない。
二学期と三学期は消化試合みたいなもの。
卒業さえできればいいのだから。
2学期が終わる頃には、合格通知が届くはず。その後は、アルバイトをして運転免許を取って・・。一人っきりの卒業旅行でも行こうか。美穂の心はもう、春休みの気分だった。
・・◆・・◇・・
ああ、今日も退屈な午後の授業が始まる。
右側からは柔らかい視線と時々くすっと笑い声。
左側からは、ガラス越しに届く冬の陽の線。
そして・・頭のてっぺんあたりには微妙な殺意とあきらめが混じったような視線を感じる。
学校の勉強をすっかり放棄してしまった美穂は、午後からの授業・・・特に日本史の時間には居眠りをすることが当たり前になっていた。
初めての居眠りは先生に気づかれないように、細切れの居眠りだった。
ちゃんと先生の話は聞いていますよという体でうつむき、頬杖をつく。
シャープペンシルの先をノートに当てて、何か書いているような姿勢で目を閉じる。
3学期の今は襲ってくる睡魔に抵抗することなく、真剣な居眠りに変わっていた。
誰がみても、もちろん、先生の目から見ても明らかに。
そうそう、視線の話に戻そう。
殺意とあきらめが混じった視線は、授業をしている先生からの。
右側からの視線の主は、最近仲良くなったクラスメート夏美だ。
夏美は、重い病気にかかり、手術をしたあとしばらく院内学級で学んでいた。2学期の終わりから学校へ復帰して、空いていた美穂の隣が彼女の席となった。
「美穂ちゃんって、いつも寝てんなぁ」
「へへっ、ばれてた?」
「そりゃ、隣の席やもん。寝ているのめっちゃ見えてるし」
「なんだか、コアラみたいやな」と夏美が言った。
「え?」
「だって、コアラって日中ずっと寝てるやん?」
「なるほど」
夏美からの言葉を聞いた途端、美穂は頭の中でどこか異国の香りがする風が吹き抜けたような気がした。
コアラ?
あ・・、そっか。オーストラリアへ行けばコアラと触れ合えるんだ。写真でしか見たことがないけど、被毛はとても柔らかいそうだ。抱っこしたら寄りかかってきて可愛いんだろうな。
とはいっても、旅行代金っていくらくらいするのだろう。春休みバイトしたくらいじゃ行けそうにないやん・・。
夏美に「コアラ」といわれてから、最近やたらと、カンタス航空のコマーシャルが目につく。
オーストラリアか・・。いつか行ってみたいな。
・・◆・・◇・・
時は流れて、学校の統廃合が進み、山之上高校は今はもうない。跡地はもともとあった公園とともに開発が行われ、美術館とイングリッシュガーデンを併設したおしゃれなビルが建っている。
美穂は、仕事の資料を取引先へ届けるために、この場所へ久しぶりに来た。たまたま、取引先がビルに入居していたのだ。
このおしゃれなビルの中庭の真ん中には、小さな公園のようなスペースがあり木製のベンチが置かれている。吹き抜けの天井はとても高い。
美穂と夏美が高校最後を過ごした教室は、ちょうどこのあたりだ。
ベンチに座り、顔を上げて3階あたりの高さに視線を向けてから目を閉じた。
冬の日差しに頬が熱くなった3年6組の教室。居眠りしている私がいる教室は、夏美にとってはコアラがいる教室だった。
夏美からもらった卒業メッセージには「コアラちゃんへ」って書かれていたっけ。雑誌から切り抜いたコアラの写真も添えてあった。
「美穂ちゃんはいつかオーストラリアに行くんやんな? コアラを抱っこしたら写真送ってな。約束やで」
実は、コアラって言われてから、コアラに興味があるフリしていたけど、ホントは興味なかったんだ、ごめんね夏美。
・・・とはいえ・・ねえ、夏美。約束って、まだ有効かな?
(おわり)