〔短い物語〕かわいい道案内
ふと思い立って、古い友人を訪ねることにした。
「来週、そちらへ行くので、少しの時間でも会いませんか?」
「もちろん!会える事、楽しみにしています」
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彼と知り合ったのは、初めて転職した会社に入社したての頃だ。飛び込み営業で会社に来た彼の対応を私がしたことがきっかけである。もう30年以上前のことだ。
男と女なのだから、それから恋が始まったのでは?と推測されるかもしれないが、残念ながら違うんだな。当時、お互い付き合っていた相手がいて、彼は婚約中だった。
私は・・と言えば、彼との長い交際期間に飽きていて、別れるのか将来のことを話し合うのか悩んでいた。心の中では、彼との関係をリセットして新しい恋を探した方がいいのはわかっていたけれど、自分から言い出すのが怖かった。
「何とか、サービスの導入を検討していただけないでしょうか」
「でも‥いま弊社では必要ないと思うのです。また必要があればこちらから連絡しますから。今日のところはおかえりください」
「そんなこと言わずに・・」
熱心に営業してくれる彼には申し訳ないけれど、私にも山のように仕事がある。早く終わらせないと、また残業になってしまう。
受け取った名刺をろくに見もせず、彼にはお引き取り願い、私は自分の仕事に戻った。
それから数日後。付き合っている彼から電話でこう切り出された。
「大事な話があるんだ。僕と君これからのこと」
「あ そうね。私も話したいと思っていた」
「今晩、大丈夫?いつものところで19時はどうかな」
「うん、大丈夫。今日は定時で上がれそうだから」
定時で仕事を終えて時間に余裕があった私は、少し買い物をしてから約束の待ち合わせ場所へ行った。とうとう、二人の関係は終わるのか。
「もう、来てたんだ」
店に入り、いつもの席に座っていた彼を見つけたのだが、彼は一人ではなく、隣には友人らしい男性が座っていた。
「ん?一人じゃないの。大切な話に友人を連れてくるなんて」と心の中で思ったと同時に、連れの友人の顔を見てびっくりした。
「え!」と、私。
「あ!」と、友人らしき男性。
「なんだ、君たち知り合いなの?」と、私の彼がいう。
「いえ、数日前に私の会社に営業に来た方です」
「そう、僕が彼女の会社に営業に行きました」
「そっか。すごい偶然だな」
私たちは、顔を見合わせて笑いあった。ほんと、すごい偶然だ。
笑いがひと段落した後、友人の彼が自己紹介をした。
「初めましては変か・・。僕はミサトといいます」
「ミサト?」
「漢数字の三に故郷の郷で三郷といいます」
「あ、女性の名前かと思ってしまって・・」
「よく言われます」
彼と私はもう4年間も付き合っていたが、お互いの交友関係には無頓着だった。彼から聞く友達の話は学生時代の共通の友人のことくらいで、就職してからできた友人については、聞いたことがなかった。
「ねえ、何故、友達・・いえ、三郷さんを連れてきたの?」
彼は頭を掻きながら、少し照れたように言う。
「ちょっと、勇気がでなくて。実は・・」
「待って!別れ話なら、日を改めて二人の時にゆっくり聞くから・・」
私は、そのまま向きを変えて店を出ようとした。
「いや、違うんだ。ずっと考えていた答えを出したんだ。来年も再来年もずっと君と一緒に・・つまり、結婚してくれないか?」
「・・・・」
それはつまり、プロポーズってこと??。ちょっとちょっとちょっと!なんで友人を同席させてプロポーズなの?超高速で私のあたまのなかで「?」マークが飛び交っっていた。
戸惑い、呆れ、驚きで固まっている私を見て三郷さんが微笑みながら言った。
「おめでとうございます」
「とりあえず座れば?」 彼に促されて私は彼らの向かい側に座った。
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それから半年後、私たちは入籍をした。
彼が三郷さんを連れてきたのは、お互いの仲人をしようということを相談したかったからだと、唐突なプロポーズの席で聞いた。
三郷さん達が先に結婚式を挙げ、婚約している私たちが仲人として出席する。そして、私たちの結婚式には三郷さん夫婦が仲人として出席をする。
本来は上司など、目上の人に頼むものらしいのだが、堅苦しいのは嫌だからと互いの両親を説得しこのような形になった。
ちょっと変わった結婚式を終えた私たちは、家族ぐるみでの付き合いが始まった。
最初のうちは近い距離に住んでいたこともあり、頻繁に交流があったが、子供が生まれ、彼の転勤で遠くに転居したことで徐々に交流が減っていった。
そのうち、三郷さんが離婚をして、私たちも別居することとなり、バラバラになった。仲人同士が離婚して皆他人になった。
一切の連絡を取らなくなってから、数年がたったある日、ふと、三郷さんはどうしているのだろうと気になった。
急に連絡をしたらびっくりするだろうな。そもそも、電話番号も住所も変わっているかもしれない。再婚しているかもしれないし、そうだとすれば、私が連絡することは迷惑になるのでは。
ためらいながら、ショートメッセージを送ってみた。 送ったメッセージを見つめていると、送信済みが既読に変わる。電話番号は変えていなかったようだ。
「ご無沙汰しています。お元気でしょうか」
「こちらこそ、ご無沙汰です。はい、変わらず元気です。あなたは?」
「私も、元気にしています」
「今は、どこにおすまいなのですか」
「前と同じです。妻が出ていった後も私がそのまま住んでいます」
「お一人ですか?」
「はい」
何往復か簡単なやり取りをした後、会いに行くことを伝えると、三郷さんは快諾してくれた。
淡い記憶をたどり、懐かしい街を歩く。ずいぶん町の様子が変わっている。以前はもっと自然が多い場所だったのに、ほとんどが住宅地になっている。
「確か、このあたりを左だっけ?」
少し立ち止まってあたりを見回していると、どこからかモンキチョウが飛んできた。しばらく私の近くをひらひら飛んでいたのだが、左の道の方にゆっくりと飛んでいく。
「ねえ、もしかして道案内してくれるの?」
チョウチョに話しかけても返事はないが、私が歩くスピードに合わせて道の先をひらひら飛んでいく。
また、どちらに行けばいいのかわからない三差路がある。記憶ではそのまま前進でよかったはず。念のためチョウチョに聞いてみる。
「道なりに前進でいいよね」
チョウチョは、そのまま高い場所に飛んでいき姿が見えなくなった。
うん、このまま進んで大丈夫。私は歩き出した。しばらく歩くと、見慣れた家が視線の先にある。ああ、こっちで合っていたんだ。良かった。
玄関のチャイムを鳴らそうとすると、彼がドアを開けて出てきた。
「こんにちは」
「こんにちは。駅に着いたとき連絡くれれば迎えに行ったのに」
「いえ、懐かしくてつい、歩いてきてしまいました」
しばらく互いの顔を見合わせ、沈黙。そして笑いあった。あの時のように。
笑いがひと段落した後、モンキチョウがまたどこからともなく飛んできた。
彼の家の庭を見ると、花がたくさん咲いている。きっと花の香りに誘われてきたのだろう。
「さっき、この子(モンキチョウ)が道を教えてくれたの」
「え?そうなの。 とてもかわいい道案内さんだね」
「ええ。でも途中でいなくなってこの子がさっきのチョウチョかどうかはわからないけれど」
「きっと、見守ってくれていたんだよ」
「そうかな」
黄色いチョウチョは幸せを運んでくれるという。私たちにはこれから先どのような幸せが待っているのか待っていないのか。わからないけれれど、今この瞬間の私たちは、きっと幸せだ。そう信じたい。
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