冬眠
週の真ん中の水曜日、仕事終わりに銭湯に寄った。帰り道、つめたさの混ざる風が髪の毛の間を通り抜けて今日は立冬だったっけ、と思い出す。
朝、職場で掃除をしているときに、飼っているカメが静かに動かなくなっているのを見た。つい最近までエサをよこせ、と水槽を叩く音がうるさいくらいに響いていたのに。不安になって近くを通った先輩にそれを話すと「そろそろ冬眠するんじゃない?今日は立冬だしねえ」と穏やかに言われた。そうか、冬眠。カメって冬眠するんだった。去年もいたのにまるで忘れていた。しばらく水槽をじっと眺めているとゆっくりとカメが頭を持ち上げた。まだ完全に冬眠にはいった訳ではないらしい。エサをあげるか悩んで少しだけぱらぱらと撒いてみると、またゆっくりと動いてエサを食べた。これから冬眠に入るこの子は一体どんな気持ちでいるんだろう。春に目を覚ますことができるのか、不安にはなるんだろうか。どんな長い夢を見られるのか楽しみにしているのだろうか。
ついさっきまで忘れていた朝のできごとを考えながら、ふわふわした足取りで人の流れとは逆の方向に歩く。火照った頬にあたる風が気持ち良かった。この風もどんどんつめたくなっていくのかって考えると少しわくわくする。
冬が好きだ。空気が澄んで、夜空の黒が深くなって、星がきらきら瞬いて。吐く息が白く流れて、寒いねって言いながらマフラーをぐるぐるに巻く。自販機でコンポタを買ってカイロ代わりにしながら電車を待つ。そんな冬が好き。なんて、いざ冬が来たら寒くて寒くて嫌になるのかもしれないけれど。
冬眠を羨ましく思う時もあるけど、それでもわたしは冬を見ていたい。だから、君の代わりに冬を楽しんでおくよ。
カメキチ。
そうだ、君はカメキチって名前だった。
また、春に会おうね。
おやすみ。
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