2024/10/13「ティッシュ」
今日のテーマはティッシュ。なんじゃそりゃ。ランダムに生成された候補の中から選んでいるのだが、一番目についたのがティッシュだった。光り輝いていた。
このnoteは毎日テーマを決めて、そのテーマについて書くエッセイのようなものだ。ティッシュについてのエッセイ。誰が読むんだそれは。
ティッシュ。ティッシュねえ…。
僕は数年前から、メーカーは違えど同じようなティッシュを使っている。箱ではなくビニールの袋に入っているタイプのものだ。ある時は西友ブランドの、今はトップバリュのブランドのものを使っている。
このビニール包装というのが実に良い。箱を開いて捨てる手間がないし、値段も安いのだ。
しかし、箱を使っていないからエコだ、という理屈はいまいちよくわかっていない。紙よりもビニールの方が環境に良いのなら、なぜ今や紙ストローなどというものが跋扈しているのだろう。ビニール袋が廃止されたのも同様だ。
そのあたり細かい理論のことはよくわからないが、少なくとも一消費者としてはビニール包装のティッシュはかなり好きだ。
SNSなどでは、安かろう悪かろうというある種の不名誉な評価でもって語られがちなトップバリューブランドだが、少なくともこのティッシュに関しては僕はかなりの高評価を下している。
「毎日使うものだからこそ良いものを使う」という気概もないわけではないが、消耗品の典型とも言えるようなティッシュなどに関しては、安いことこそが良いことだと思わざるを得ない。
ところで、僕は「あたしンち」という漫画がかなり好きだ。ティッシュとなんの関係が、と言われるかもしれないが、実は今の話と結構関係がある。
あたしンちの中に、お味噌についてのエピソードがある。分かる人は分かってくれると思うのだが、母がいつも買っているお味噌がなく、仕方なく少し(といってもニ十円だったか)高いお味噌で味噌汁を作る、というものだ。その二十円の差が殊の外大きく、みかんとユズ彦から今後もこのお味噌にしてほしい、と要望を受ける話。しかし母はその要望を突っぱねる。その理由が、「一度生活レベルを上げたら戻せないから」というものだ。
これ、個人的には結構なるほどと思った覚えがある。ティッシュのレベルを上げたら、どこかでそのティッシュでしか鼻をかめないようになるかもしれない。なまじ質の良いティッシュの感触を鼻が覚えているが故に、「本当はあのティッシュが良いんだけどな…」とどこか侘しさを感じてしまったらどうすれば良いのだろう。質の良いティッシュの感触を知らずに、ビニール包装の安いティッシュ(といっても特段品質が悪い気はしていないのだが)で満足している今こそが、ある意味で幸せなことなのかもしれない。
だが一方で、ある種の向上心というか、ハングリー精神が欠如してしまうリスクもある気がする。ティッシュへのハングリー精神ってなんじゃい。
贅沢な暮らしをすることが必ずしも善いことだとは思わないが、ある種の向上心、現状維持で満足しないという気概も必要なのかもしれない、と思う。
重要なのは、向上心を発揮すべき対象と、そうでない対象とのメリハリをつけることだと思う。たとえば学問なんかは前者に該当すると思うし、少なくともティッシュは後者に該当するだろう。貪欲にいくべき場面では貪欲にいく、贅沢せずに「足るを知る」べき場面では満足する、という切り替えも一定必要になるのではないだろうか。
ちなみに、これを書いている今、傍らに置いてあるビールのコップの下には、ソーサー代わりにティッシュを折りたたんで敷いている。
ティッシュがテーマにしてはまあまあ量が書けたな。以下日記。
朝8時起床。コーヒーを入れて、8時半から仕事開始。昼食はインスタントラーメンと紙パックの野菜ジュース。
(この野菜ジュースは箱買いしているのだが、すべてに紙ストローが付随している。なぜだ。)
18時半、ようやく一区切りがつく。買い物に行って4割引きの寿司を手に入れ、帰宅後飲酒。
明日は買い物に行く予定。冬服と本を買いたい。