アーティストシリーズVol.96 藤森哲 アーティストトーク②
――抽象形体と仏像モチーフの過渡期にあたるのが《tableau 2020-04(FLORENCE)》あたりの作品ですが、これについてはいかがですか?
タイトルに“FLORENCE”とあるように、こちらはイタリアのフィレンツェがイメージソースとなっています。現地を訪れた際に、街中のいたるところにある彫刻作品をバシャバシャ写真で撮っていたんですが、そのときは自分の作品の資料に使おうとか、そういう気持ちはなかったんですね。
が、あとになって当時の思い出などとは切り離してその写真を見たときに面白いなという感覚があって、作品制作のきっかけになりました。これが仏像モチーフにつながる手法になっていきます。
抽象形体を描いていた流れで、全面を真っ黒に塗ったあとに白い部分が立体的に浮かび上がってくるように削って描いていったんですが、この手法で具体的なモチーフを描くのが思いのほか難しくて。本当はもう少し形を提示したかったですが、抽象と混在した表現になりました。
今同じ資料を使って作品をつくろうとしたら、全然違うものができるんだろうなとは思います。
削っていく作業って、自分の想像を超えた「現象」が要所要所で起きるので、その面白さを楽しみたい自分もいます。ただそこを追求しすぎていくと、当初描こうとしていたモノの形が「現象」に覆われていってしまうこともある。それがいいか悪いかはわからないですけど。
――西洋の裸体彫刻の生々しさと、東洋の仏像彫刻の石の質感。この対比も藤森さんの作品に異なる雰囲気をもたらしていると思います。
――では今回のメインシリーズでもある新作についてうかがいたいと思います。まずなぜこのような展示方法にされたんでしょうか?
まずこの大きさのキャンバスをパネルにすると運ぶのが大変なので(笑)、大きな画面でもロール状で移送できるというのがメリットとして一つあります。
それから、真っ黒な背景ではなく余白を残す描き方に変わり、中国の山水画や日本の襖・屏風・掛軸など、建物空間と一体化した画面形式を想起するようになったことも関係しています。パネルやキャンバス絵画のように空間と作品が独立している感じではなく、作品が空間に溶け込むような、また描かれているものたちが空間で蠢いているような、そういうイメージを実現するために布状のキャンバスを上から垂らす手法に行き着きました。
――ただ上から吊るすというだけでなく、降りてきた端のほうが床に這わされているのもポイントですね。
そうですね、床面にキャンバスが這うことを前提にモチーフを描いているものもあります。空間全体を包み込むようなイメージで考えています。
――描かれているものに関しては、仏像からまた新しい変化が生まれているようですね。
先ほど、自分の考えと鑑賞者の見方のズレをなくしたいというような話をしましたが、そのためには自分の考えていることをもっと具体的に出していかないと伝わらないんじゃないかと思ったんですね。で、それは好きなこととか、趣味とかを含めて自分が普段から考えていることをわかりやすい形で提示するのがいいんじゃないかと。
僕はSF映画が好きで、SFに関する思考をしていたりするんですが、そこから宇宙とかロケットといったモチーフが登場し始めています。
描くにあたっていろいろと調べたんですが、例えばここに描かれているのがアポロ11号のエンジン。アメリカがソ連との宇宙開発戦争に勝ったのはこのエンジンのおかげと言われていて、それが今では神話化されているというか、崇められているような存在なんじゃないかと感じたんですね。その在り方と仏像という信仰の対象とがつながる部分があって、今回組み合わせて作品にしています。
――そして、今回展示室の最後に象徴的な存在として展示されているのが《tableau 2021-s07(Houston)》です。
この展示室のなかでは異質な印象ですが、どうしても展示したかった作品であり、「往日後来図」という展覧会タイトルにも必要な作品でした。
吊り展示の5点シリーズをメインとして「往日後来図」というタイトルをつけているんですが、「往日」=過ぎ去った過去からみた「後来」=未来という意味を込めています。それを考えるきっかけになったのが、1992年に毛利衛さんが宇宙へ行った出来事です。当時は国全体で盛り上がっていて、夢物語のような宇宙開発の未来予想図などもよく目にした記憶があります。
それが21世紀になって、どうもそのとき見ていた未来と現実が違うなという印象なんですよ。あのときのいわゆる「きれいで明るい未来」と今現在の社会の様子のズレにSF的なディストピアの面白さを感じて、それを提示したいと思って、象徴としての「宇宙飛行士」を描きました。宇宙飛行士ってヒーローみたいな存在で、それが崇められる仏像ともリンクするんじゃないかと思っています。
――今回の展覧会を通して、藤森さんの新たな展開が見られたように思います。
清須市はるひ美術館の特徴的な展示空間を意識しながら垂れ幕状のシリーズも展示できて、回廊のなかに仏像が並んでいるようなイメージで、自分のやりたいことができたかなと思います。
――藤森さんの作品の圧倒的な迫力を、当館の展示室で制御できるか心配な部分もありましたが、メリハリのある空間に仕上がっていたのではないかと思います。
本日はありがとうございました。
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