ほとんどごみの山から
我が家には屋根裏がある。ふだん使わないもの、たとえばシーズンオフのスリッパとか今ならホットカーペットとか雛飾りとかクリスマスツリーなどが眠っている。それだけならいいんだけど、「今は使わないけど捨てるに忍びない」と判断されたものはだいたい屋根裏に行くので、しまった本人も忘れ呆けているものが大量に詰め込まれてもいる。非常に片付け甲斐のある香りがする。
先週末で自分の部屋の片づけがひと段落したので、ついに今日、満を持して梯子を昇った。荷物がぐるっと壁際に並んでいて、真ん中の柱の近くにもひと山あって、それでも一応、なんとなくの法則性の見える収納がされていた。思ったほどひどくないかも、とちょっとほっとして、目に付いた引き出しから片づけを始めた。私は末っ子だし、実家を出ていた時期もあるのできっと荷物の量は少なめだろう、ずっとうちにいる母がダントツで多いんだろうな、なんて思っていたのだけど、意外と半分くらいは私の荷物だった。それも、きれいさっぱり忘れていたものがほとんど。中学の制服まであった。一生着ない自信がある。
「今後の人生で使う可能性のないものは捨てよう」と思って屋根裏に上がったのだけど、自分の荷物のほぼすべてがそうだったので片付けるというよりも屋根裏からおろす作業になった。途中でちょっとだけ方針転換をした。
「今後の人生では絶対に使わないけど、捨てたら手に入らない思い出のあるものは残してもよい」。
これでバレエの発表会で主役を踊ったときの衣裳、幼稚園時代の落書き帳などが生き残ることになった。ついでに卒業アルバムと卒業証書、各種賞状も保存。古い写真とネガ、高校の卒業式で来た自作のドレスも発掘されて、一生着ないけどとっておくことにした。発表会で履いたトゥシューズが10足くらい出てきたけど、これはもう廃棄することに。絶対はかないし、シューズを見て思い出に浸るくらいならアルバムを見るだろうと思ったので。中学時代の書初めも廃棄。むしろよくとっておいてたなぁ。もしかしたら私じゃなくて母がとっておいてくれたのかも。中学の頃からの台本の数々は、うーん、ちょっと迷っている。最近のものはデータがあるけどこの時代のはワープロだったり手書きだったりで、書き込みにも思い出がいっぱい。とはいえ、一生、使わないことは確かである。こうやって荷物は増えていくんだよねぇ…。
それにしても、過去の通信添削とか学校のノートとか、なんでとっておいてあるのだろう。しまうのだって梯子なんだから大変だっただろうに。紙以外のものが混ざっていると廃品回収で持っていってもらえないから、ファイルとかクリップをどんどんはずしていって、1冊のバインダーを発掘した。
表紙には「高校受験対策 数学通信添削 with 姉」と書いてある。
そこには数学の問題集のコピーがはさまっていた。読みづらい鉛筆の字が私で、粒のそろった赤ペンが姉。数学の成績がほかの4科目とかけ離れていた私を心配した姉が、通信添削をやってくれていたのである。偉い、偉すぎる、姉が。今考えたらとても頭の上がらない状況のはずなんだが、当時の私の答案がなんともふてぶてしく、それへの姉のツッコミがまたすばらしい。「わかんな~い」「わかんないっ」と二問続けた近くには、一度何かを書きかけて消した跡があり、その下にただひとこと「やる気あんのか」と、それはそれは整った字で書かれていた。証明の問題に対して「そりゃ、無理だろう」と堂々と書いた近くには、「教科書でこれとこれとこれを調べなさい」と非常に冷静なコメントがある。絶妙。よく見放されなかったな、私。第一志望校に合格したのは姉のお蔭と言ってもまったく過言ではない。合格の報告を職員室にしに行って、数学の先生に「よく受かったな」と握手されたくらいには数学がだめだったのに。
明日は母の日である。ふだん姉とは離れて暮らしているけど、母も交えてビデオ通話でもしないかと誘ってみた。「対等な人間関係」が好きな私だけど、ちょっとこれはもう少し敬った方がいいんじゃないかな、と思いながら。