助成や給付もほしいのだけど
一番ほしいのは仕事です。というか、自分の仕事をふつうにできる社会がほしいです。みたいなことを、3週間くらい前に書いた。その思いは変わらない。むしろ強くなっている。
この2か月くらいの間に本当にたくさんの基金や給付金、クラウドファンディングなどなどの情報が世に放たれた。どれもありがたいことはたしかで、私もいくつか恩恵を享けている。この先も頼れるところは頼って、どうにかして実現したい公演がいくつも控えている。
そう、ただお金がほしいんじゃないのだ。演劇を上演するためにお金がほしいのである。もちろん、命あっての、生活あっての仕事なんだから、生きてくためのお金だって必要なんだけども。仕事が仕事としてちゃんと成り立てば、生活のためのお金は生み出せるはずだから。
昨日も書いたけど、ソーシャルディスタンスの確保で入場料収入は減って、ウイルス対策で準備コスト(費用だけでなく労力・時間も含めて)は増えるだろう。その差額は主催者が身銭を切るのか、チケット代に転嫁するのか、関係者が痛み分けするのか、はたまた劇場が犠牲を払うのか、みたいなことに明るくサスティナブルな未来をどうしても感じられない。助成金やクラウドファンディングも一時的な危機をしのぐには有用だけど、一過性の緊急事態だからできること、という性質はぬぐい切れない。ましてや、いつか返さねばならない融資なんて、リアルにいつ返せるかわからないから手が出せない。どんよりする。
とはいえ、とはいえだ。巻き起こっているムーブメントは救済を求めるタイプのものだけじゃなくて、新しい価値を生み出そうというタイプのものもある。特に、今日公開された「Send The Theater -劇場を届けよう。-」という取り組みのコンセプトに注目している。演劇公演の生配信自体は珍しくなくなってきた今日ではあれども、ここまではっきりと、上演と配信を意図的に組み合わせて収益化を図る、と打ち立てた企画は珍しいんじゃないか。浅草九劇や本多劇場がやろうとしていることに通じるものもあるけれど、これを作り手が発想して発信していることも素敵だ。
これが品質的に軌道に乗れば、ウイルスの問題だけじゃなくて遠隔地に住んでいるとか、身体的な事情で劇場にいることが難しいとか、いろんな障壁で観劇を断念してきたひとのためにもなる。もちろん、DVDだとかアーカイブでもっと都合よく観ることもできるけど、生配信ならではの空気、いま、まさに起こっている演劇、という魅力が生まれるのであれば、そしてそれが伝わるのであれば(意外と難しいのはこっちかもなぁ…)、それは新しい価値である。あるいはライブビューイング会場とつないで、「応援上映」みたいな新しいイベントも生まれるかもしれない。
コロナショックの前だって、助成金や寄付に頼ること自体はよくあることだった。だけど、コロナで生まれた新しい支援からはいずれ自立しなくてはならないと思っている。入場料やグッズ収入みたいに、自分たちが生み出す価値によって正当な対価を得て仕事として成り立たせたい。いろんなひとがいろんなことを始めていてちょっと消化不良なのだけど、これは追いかけていきたいな、と思っている。