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はじめての詩
『朧月夜』に寄せて
祖父はあの歌を「懐かしい」と話す。
僕はそんな風景を見ることもない。
いくら想像しても、その記憶は僕の頭には存在しない。
祖父が四季の優しさを語るたび、僕は恥ずかしい。
僕は、ちっぽけで空っぽなのか。
このまま都会の喧騒にのまれて、周りに流されて、一生を終えるのか。
僕は祖父の記憶を探すように、歌をうたう。
小学生の時に、学校の課題で書いたことはあるかもしれないけれど、
自分で書いたとちゃんと自覚しながら、自分の意思で詩を書くのは、今回が初めて。
これは、日本の美しい風景を描いた『朧月夜』を歌詞を読んで、浮かんだ。
私は作詞者の高野辰之が実際に心に留めたいと思う景色を、そのままには見ることができない。
では、なぜ私たちはこの曲を歌い継ぐのか。
それは作品があることによって、今の自分を見つめる時間を持つことができる。
私が思う、音楽作品に触れることの大きな価値。
それは、同じ作品を違う人が演奏し、再構築をしていくこと。
そしてそれは私の家の中でも起こっていることで。
同じ楽譜を使って、見て読んで、演奏する。
音楽を演奏することで繋がっている、でも繋がっていない。それぞれは違うものを経験している人の、それぞれの歌なのだから。
届けてくれた、繋いでくれた。
つかみきれない音楽という糸。
祖母や母たちが紡いでくれたのだ。
おばあちゃん、おじいちゃん、
今あなたはどんな景色を見ていますか!
私が生きるこの時間や音楽は、未来の誰かに繋がっていくのだろうか。
未来につながるものを、自分の手で。