「夏の花火はどちらがお好き?」(CP快新)

「新一は、でっかいのと小さいのどっちが好き?」
 唐突に聞こえたその問いかけに、思わず「はぁ?」と返してしまったのは、俺は悪くないと思う。

 とある宿の縁側でこの暑さの中、二人並んでおもてなしに出された西瓜(すいか)を頬張りながらそんな問いかけを寄越したのは、すでに半分以上を胃の中に収めつつ、ニコニコと俺の顔を覗き込む連れの黒羽快斗だ。
「で、どっち?」
 問いかけに対し反射的に返した以降、その先を答えることをしない俺に焦れたのか、さらに問いを重ねる。
 そう答えを催促されても、主語が欠けている以上、何を答えればいいのかわからない。
「何が?」
 とりあえず主語を寄越せとこちらも問いを返す。
「え〜、新一、また俺の話聞いてなかったの?」
 子供が拗ねたように己の頬を膨らませ、ブー垂れる顔をした快斗に、思わず溜息が漏れる。
 オメーは今いくつだよ? そもそももう『子供《キッド》』は卒業したんじゃねーのか?
「あのなぁ、ただでさえこのクソ暑い時間帯に、オメーの希望でクソ暑い場所で西瓜を食ってるんだぞ? 短時間とはいえ、すでに頭が熱でやられてきてぼーっとしてんだよ。もう食わねぇなら、中に入るぞ。」
 そう言って耐えるのに限界が来た俺は、食べかけの西瓜を皿に戻し、それが乗る盆を持って立ち上がる。
「わ、待って新一! わかったから、具合悪くなる前に戻ろう。」
 言うや否や、快斗も持っていた西瓜を皿に置き、するりと空いた手を俺の腰に回して支えようとする。
「暑い。」
 が、一言でそれを拒否し、快斗の手の動きがピタッと止まったことを確認することもなく、そのまま障子を開け居間へと入り、直ぐさま閉めた。
 それを見送った快斗は、肩を僅かに竦めて苦笑を溢す。


 *

 もともとなぜ二人がこの宿にいるのかと言うと、先に暑さに根を上げた方——工藤新一が、とある依頼で山の中にあるこの田舎町に来ることになったのがきっかけだった。
 高校時代から探偵を名乗り、一時期はメディアに露出もしていたため、世間に広く顔も知られていた。露出を極力控えるようになった今でもかつての呼び名『日本警察の救世主』は健在だ。
 大学を卒業してからは直ぐに探偵事務所を構え、一般からの依頼に加え、日本警察やその他各国の警察機構への(コナン時代の)伝手を頼りに様々な依頼を受けている。
 今回は一般の依頼人による「遺産相続に関するいざこざを鎮めて欲しい」という依頼だった。
 山の中の田舎町を代々取り仕切っていた一族のお家で、前当主が大往生の末亡くなり、遺言に従って遺産を相続しようとしたところ、何と遺言書の内容が意味不明で、どうやら暗号らしいというところまでは分かったが、そこから先は解読することができず、何人か身近な人間を頼るも埒が開かず、最終的に新一の元に依頼が来たというわけである。
 この依頼の内容自体は何も問題なく、遺言書の暗号も解く鍵がこの土地独自の名称にあったこと以外は、特に何でもない簡単な暗号だった。
 解読した内容を一族の前で披露し終え、さあ帰ろうとした時に問題は起こった。
 山の中の田舎町、代々続く由緒正しき一族の家系、そして——次の跡取りの決定はこれからだが、直系の者は若い娘ただ一人。
 昨今人口減少が取り沙汰され、若者が少なくなる一方の田舎町において、優秀な跡取りというのは貴重だろう。それは生半可な者には任せられないほど。
 要は今回の依頼、遺言書の解読よりも、それを使って依頼した若い探偵が一族を任せてもいいほどの人物かを見極めるためのものだったのだ。
 さて、それが発覚した途端、新一は内心舌打ちをした。
 何せ事の次第が全部分かったのは、遺言書の件が片付いて、翌日にはこの家からお暇しようとしていた夜のことである。どうにもその日、ギリギリ帰る事のできる時間帯だったにも関わらず、執拗に引き止められたのはこれのためだったのだと、寝所に忍び込んだ現当主の娘に迫られながら理解した新一だった。
 何とかして諦めてもらおうと拒否の意思をお話ししたのだが、聞き入れてもらえるわけもなく、もう少しで唇と唇が触れ合いそうになった、その瞬間——。

『ったく。いつも言ってるだろ? 最後の詰めが甘いんだよ。』

 と、今や聞き間違える筈のない男の声が聞こえたかと思うと同時に、上に乗っかられていた娘の体が隣の床にゴロリと転がった。
『快斗……どうして』
 ここに、という問いはこいつには不要だ。こいつには俺の居場所はもちろん、その気になれば会話の一言一句まで分かっているに違いない。
 本来ならここで〝助かった〟と思うところだろうが、俺と快斗にとってはここからが問題だった。

 突然現れたこの男——黒羽快斗は、プロマジシャンだ。大学在学中に史上最年少でマジックのオリンピックと言われるFISMの世界大会でグランプリを取り、大学在学中は学業に専念したものの、卒業後は大手芸能事務所に所属、プロのマジシャンとして世界をもまたにかける新進気鋭のマジシャンだ。
 だがこの男は、誰にも知られてはならない秘密を持っていた。それは、かつて世間を騒がせた怪盗1412号——通称「怪盗KID《キッド》」であったという事だ。白いシルクハットに白のスーツ、白いマントと全身白い装束に身を包み、夜空に輝く満月を背景に宝石を盗む姿は幻想的にも見え、もっぱら盗むときには大々的にマジックを披露するというふざけた野郎……もとい生粋のエンターテイナーだった。
 だった、というのは既に怪盗KIDは引退を宣言し、もう二度と群衆の前に現れることがなくなったからだ。
 かつて工藤新一——当時は江戸川コナンだった——と怪盗KIDは好敵手として、ときに対決し、ときに協力して様々な現場でやり合ってきた。

 そして今、もろもろお互いに抱えていた問題が片付いた大学時代から二人の関係は形を変え、いわゆる〝恋人〟として続いている。

 そう。恋人だ。これが今回二人にとっての問題だった。
 この黒羽快斗という男。非常に独占欲が強く、怪盗だった性か大切な宝石を宝箱にしまうように、常日頃から俺をどこかに閉じ込めたいと宣うような奴である。当然嫉妬すればその衝動は顕著になり、実は実際に監禁されたことも何度かあった。
 そうなった快斗を宥めるのは大変で……方法はなくはないが、ここでは割愛しておく。
 さて、今回の当主の娘に迫られた事件は、もちろん快斗にとっては許せないことだったろう。本来はフェミニストである快斗がこのように女性に手刀を喰らわせ、しかも床に転がった女性に目もくれず、新一を連れてその場を離れた時の彼が発した気配でよく分かった。
 これは、相当怒っている……。
 下手するとこのまま綺麗な星空の下でお仕置きされ……これ以上は割あ(ry
 俺の左手をきつく握り、ずんずんと田舎道を進んでいく快斗。さっきから言葉はなく、聞こえるのは俺たちの足音と、両脇の草むらから聞こえる虫の声のみ。
 俺はとうとう居た堪れなくなって、ぽつりと「ごめん」と謝った。
 すると快斗はその場でぴたりと進めていた足を止め、がばりと振り返った……と思ったときには、その腕の中に抱きすくめられていた。
 普段のハグなどとは比べ物にならないほどの力で、息をするのもちょっと苦しい。
 けれど、今の俺にはそれを解く資格はないことがわかっていたので、気が済むまでそのままいさせてやろうと瞼を閉じる。
 幾ばくかの間ののち、耳元で小さく、「謝んなら、二度と同じことがないように気をつけてくれ」と聞こえた。
「うん」と答える。
 けれど、このやりとりももう何度目かしれないやりとりだった。
 新一は探偵で、しかも現場主義者だ。謎や事件が目の前で起これば、なりふり構わず飛び出してしまう。そして、他のことに盲目となってしまうことも、もはや新一の性となっていた。
 その為、今回のようなことも一度や二度ではなく、もっと危険な事態に陥ったことも何度もある。
 それは、恋人となる前も、なった後も、この二人の間では変わらぬことだった。

 だから、快斗が本気で新一を監禁することはないし、新一もそれがわかっているから、甘んじて快斗から受ける仕打ちは全て受け入れることにしている。
 側から見ればかなり危うい関係に見えるだろうが、本人たちはお互いにこの状態が心地いいとさえ思っているのだから、それでいいのだ。

 その後、もしかしたら件のご当主様の手のものが連れ戻しにやってくるかもしれないと考え、二人で夜通し山道を歩き続け、夜が明ける頃、開けた場所に出た。見える範囲に民家がぽつぽつと立っている。
 二人とも山道を歩く知識はあっても、実際に歩いた経験はさほどない為、あちこちに擦り傷やら、泥汚れやら、ひっつき虫がくっついていたり薄汚れている。
 荷物は脱出の際、快斗がまとめて持ち出してくれたので手元にあるが、このまま歩き続けるのも疲労が溜まるだけだ。ましてやこのまま最寄り駅に辿り着いても、今の状態を見咎められればいろいろと面倒である。
 さて、どうすれば。と考え始めたと同時に、
「あれ? あんたたちこんなところでどうしたん?」
 という声に振り向いた。
 そこには、一人の籠を背負ったお婆さんが立っていた。

 そのお婆さんは、村で唯一の宿をやっていて、早朝に朝食に出す予定の山菜を取りに行った帰りに、二人と遭遇したとのことで、(話せる範囲で)事情を話した二人を今は部屋が空いているからと、快く泊めてくれることになった。
 宿に着いた後、一番にお風呂と朝食をいただいて、少し仮眠をとった後、昼食、そしておやつに西瓜まで出してもらったところで、「せっかくだから縁側で食べようぜ」といつの間にか機嫌を直した快斗に誘われて、暑い中西瓜を食べていたのが冒頭のシーンである。
 普段の東都では縁側で西瓜を食べるなんて経験はできないので、新一も最初は乗り気でエアコンの効いた居間から障子を開けて縁側に腰を下ろしたところまでは良かったものの、ものの数分で暑さにやられ、頭がぼーっとしていた中、快斗の唐突(だと感じられた)な質問に辟易して、居間に戻ったのである。

 居間は扇風機やエアコンによって快適な温度に保たれており、山奥の田舎といえどその辺りはしっかりと完備されていた。
 空間の真ん中に置かれた卓にお盆を置いてあぐらをかき、再び食べかけの西瓜に手を伸ばしたところ、遅れて入ってきた快斗が向かいに座った。
「涼し〜」と声をあげている。誰のせいであの暑い中にいたんだ?
 シャクリ、と西瓜を齧る音が響く。あの暑さの中で食べるのも夏の風物詩と言っていいだろうが、こうして涼しいところで食べても問題がないだろう。頭が暑さでぼーっとすることもないし。
「んで、何が『どっち?』なんだ?」
 最後の一口を飲み込んで、中断していた問いを再び投げかけた。
 向かいの男はすでに食べ終わっていたので手持ち無沙汰になったのか、一枚のコインを出して手のひらで転がしたり、消したり、出現させたりと軽く慣らしている。相変わらずどこに隠し持ってるんだか。
「ああ、花火のことだよ。」
 快斗は視線をコインから新一へと移し、あっさりと答えを寄越した。
「花火?」
「そう。新一は花火大会で打ち上がるようなでっかい花火と、家の庭でやるような小さな花火のどっちが好きかなって。」
 花火。夜空に咲く大輪の花を模したものや、手持ちの先から静かに火花を落とすものなど確かにさまざまな形のものがあるが。
「どっちが好きかって、考えたことなかったな。」
 これも夏の風物詩だ。この季節だと日本全国で色とりどり、形もさまざまなものを見ることができる。
 けれど、俺と快斗との間で〝花火〟って言ったら……。

 *

『よぉボウズ……何やってんだ? こんなところで……。』
 夜の静寂の中、舞台に降り立った白き鳥が、何もかもを見透かした様な不適な笑みを浮かべて一人の子供に問いかける。
 導火線に火をつけて、細く高い音をたてて打ち上がる小型花火の閃光。
 空に咲いた小さな光鱗(こうりん)を背に、子供は答えを返す。
『花火!』

 *

 〝花火〟というキーワードによって、快斗と初めて出会った映像がフラッシュバックする。
 もう何年も経っているのに、今でも己の脳内では鮮明にあの時のことを再生できる。
 きっと向かいで懐かしさを湛えた笑みを浮かべているこいつも、同じ様に思い出しているだろう。
 まあ、それほどのインパクトをお互いに与え合ったということだ。
「新一、今思い出してただろ? あの時のこと。」
「それはオメーもだろ?」
「うん。」
 数瞬お互いの顔を見つめあった後、どちらともなくくすくす吹き出した。
「あらあら、花火に面白いことでもあったんかい?」
 そんな時に、ここに泊めてくれたお婆さんが居間に様子を見にきてくれた。
「ええ、僕らにとってはとても大切な思い出なんです。」
「あの時のことがなかったら、僕たちは今ここにいないかもしれません。」
「へぇ、そうかい。それはそれは。んじゃあ、これからも大切にしていきんさいね。」
「「はい」」
 その場が笑顔で包まれる。
 そして、お婆さんから一つ提案がなされた。
「そんなら、もう一泊していきんさい。今夜はこの辺一帯の祭りがあるから、小さいけど花火も上がるよ。」
「良いんですか? 次の宿泊客の方とかいらっしゃるんじゃ?」
「なーに、こんな山奥の田舎の旅館じゃ、宿泊しようとする人間もあんまりおらんよ。そやから、気にせんでええよ。」
「どうする? 新一。」
「いいんじゃねぇか? 俺は今回のでしばらく急ぎの要件はないし、オメーもしばらくオフだろ?」
「なら、決まりだね!」
 俺と快斗は快くお婆さんの提案に乗り、もう一泊することに決めた。

 *

 早めに出された夕食を済ませ、縁側から打ち上げ花火を眺める。
 山奥の祭りといえど、そこには昔ながらの職人さんとかがいて。
 次々と上がる花火は数こそ少ないけれど、大小さまざまな花火が夜空に咲いた。
 お婆さんの心使いで今度のお供は冷酒とちょっとしたおつまみだ。
 お互いにお猪口に酒を注ぎあった後、花火を見上げていたのだが……。
「やっぱり、大きいほうがいいよな〜。」
 という快斗が呟いた一言に、俺は快斗に視線を移した。
「そうか? 俺はどっちでも好きだぜ?」
 こうしてお前と見る花火なら。
 ボソリと溢した最後の言葉を快斗の耳はしっかりと捉えたらしい。
「んもぅ……しんいちは〜。またそういうこと言って俺を惚れさせるんだから。」
 ふっ、と快斗のぼやきには答えずに、俺は口角を上げる。
 その反応に拗ねたのか、仕返しをしようと考えたのか、体を支えるために後ろに置いていた手のひらの甲に、快斗の手がそっと重ねられた。
 たったそれだけのことに自身の体温がふわりと上がるのを感じる。
 それだけでは収まらず、じっとこちらに視線を向けてくる快斗に観念して、花火からの視線を引き剥がしてそちらに向き直ると刹那、柔らかい唇が触れ合った。
 離れた後の互いの瞳が、キラキラと輝いている。

 頬を淡く染めた二人を、夜空の大輪が見守っていた。

【完】


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