アムステルダムの裏側
ドラッグとセックスの街、アムステルダム。
そんなのは虚構だ。
アムステルダムは優等生のようだ。
ドラッグとセックスを押し売りしておいて、実は水の都であり、風車の街である。
そんなことを思ったのは、セックスを売りすぎてしまったからだろうか。
若いころから神戸でのびのびとソープで働いていた私は刺激だけが欲しくなった。
努力なんてなにもしないまま、若くしてヨーロッパに挑戦するサッカー選手のような気持ちで海外進出した。
オランダではまんまるなお目目より切れ長の艶やかな目を求められた。
甲高い声ではなくて喉の奥から出る嗚咽に近い声を求められた。
可愛らしさではなく、強かさを求められた。
今まではプロデュースも店任せだったけれど、個人事業主となった。
これが世界の洗練かと言わんばかりに飾り窓の一枠を貸し切り、自分という商品を観光客に向かって売っている。
一つだけいいことがあった。それは品質のいいウィードが当たり前にやり取りされていることだ。ブルドックというコーヒーショップに入り、煙たい店内を進んでいく。
日本にいる頃の自分だったら挙動不審にしてしまうが、人種差別が日常茶飯事なアムステルダムでは一瞬の隙だって見せてはいけない。
むしろこちらから仕掛けてやるという気概、それが求められる。
ジョイントを受け取り、席に座り、虚構を見つめて煙を吐く。
17の頃から無理をして吸っていた細いタバコより、遥かに落ち着いた。
同じ中学だった優等生は海外駐在を始めたというけれど、私だって負けてない。
やっぱり人生で必要なものは教養ではなく根性なんだと信じ切っていた。
アムステルダムに来てからというもの、一人の時間が増えた。
それは精神的にも、物理的にもである。
そこで始まったのが散歩だった。
あんなにも色欲にまみれた歓楽街は、少しだけ抜け出すと長閑な田舎の風景が続く。
川に挟まれ、自転車が走り、アヒルが歩いている。
仕事終わり、日が昇り始めてもう2時間近くは散歩をしているだろうか。
コインランドリーと出会った。
「こんな辺鄙な場所にあったもんだから、誰にも会わないでしょう。私が使ってあげるよ。たまには求められるのもいいもんだよ。」
日本語を使う機会が少ないと、自分の母国語を確認するように独り言を呟いてしまう。
少ない洗濯物を突っ込んで、近くのマクドでブランチを食べた。
私は求められるものを敏感に察知して動いてきた。
実際、飾り窓地区は様々なものを要求してきた。
しかしオランダの多くは、私になにも要求してこなかった。
いつまで経ってもこの街の本質は分からない。
真昼間から少し甘いあの匂いを漂わせて、夜になると赤いライトが川を挟んで煌々と照らしつける。
今夜も私はカーテンを降ろす。