妻のこと、のこと
この文章は、手紙か記事か、エッセイ、観察日記。どんな言い方をしてもあまりピンとこない。個人的なただの記録である。生活の記録。
こんな一文から始まる「妻のこと」という非常に個人的な連載を時々書いている。それは昨年の11月から。つまり、引っ越しや入籍が無事に終わって少し生活に余裕が出てきてから。
しかし、その読者は基本的には妻一人だ。公開するほどの内容は書いてないし、特別感も出しておきたい。
だからこそ、まさかその連載を結婚式のプロフィールブックに書いて参列してくださった皆様にお見せすることになるとは思っていなかった。本当に。
実は、「妻のこと」はオマージュ企画であり、その元ネタはPOPYPE Webに載っている。
もしかすると、こんな個人的な内容を世の中に公開するなんて恥ずかしいと思う人もいるかもしれないし、これは誰に向けて書いているんだ?という疑問も浮かぶかもしれない。
しかし僕自身は、この手の文章はわりに好きである。多少、他人に見られるということで恰好つけているところもありつつ、ベースはやはり生活の記録であり、本音に近い部分だと思う。僕は、誰かが日常の中でどんなことを感じて、どんなことを考えて、どんな基準でなにを良しとするのか、そんなことを知るのが好きな方だと思う。特に興味がある人に対してはなおさら。
興味がある人に対しては、その人の行動を観察して、こう思っているのではないか?と仮説を立てることが日常茶飯事だ。
だからこそ、妻の行動をみてそれに対して仮説を立てて納得をする「妻のこと」は、読んでいて腑に落ちる瞬間がある。文章を書いている上出さんが妻の行動をどう観察し、どのようなプロセスで仮説を立てていくのかが言語化されているので、追体験できる。
そして、メタで見ると、その文章から上出さんが妻のことをどう評価していて、どこに惚れているのかが分かる瞬間がある。これを妻本人である大橋さんが読んだら、都合が悪いところには目を瞑りつつ、概ねニヤニヤするんじゃないかと思う。
直接的な愛の伝え方も、とても重要だと思う。
直接言葉にすることも大切である。
ただ、僕は遠回しで時間をかけたものでないと、結局きちんと愛は伝わらないのではないかと思う。
「妻のこと」は時間をかけて、できるだけ遠回しに愛を伝えているように思う。
自分自身が「妻のこと」を読んでそんな感想を持ったので、気軽な気持ちで書いてみることにしたのが、昨年の11月。
文章を書くというのは、一人で完結する作業である。しかし、妻に関することについて冷静に言語化していく作業のプロセスで、自分が生活に対して前向きになっていくのを感じた。
そこにいる妻と僕を第三者視点で思い出すような形で、頭に浮かべながら文章を書いていると、一見波長が合ってないように見えたり喧嘩の種になりそうなことであったりということも、「なんだか楽しそうじゃないか」「実は裏ではこんな力学で上手くいってそうだな」みたいに楽観視できるようになる。
結婚式という大きなイベントが終わってしまった僕ら夫婦だけれど、それでも続いていく日常を楽しく過ごすために、「妻のこと」は不定期連載として書き続けていこうと思う。
ちなみに、結婚式の週は「前日妻」を書き、当日に「Wedding妻」をプロフィールブックにて公開した。「Wedding妻」の中で、また後日の妻のことを書きますと宣言した。
一応宣言通り、「後日妻」を書きました。いえい。
「Wedding妻」を読みたい人は声をかけてください。
あと、結婚式本当に楽しかったです。
ありがとうございました。
サポートしてもらたら、あとで恩返しに行きます。