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幻影のシンガポール

チャンギ空港に降り立った。そこに無駄なものはなく、逆にいうとすべてが無駄なものであった。
電子化された入国手続き、そこにスタンプなんていらない。必要なのは自分の顔と指紋である。整形しても顔認証は通るんだろうか。そんなことを考えながら登録をしていると、指紋認証が上手くいかなかったみたいで何回か登録する羽目になった。気にするのは顔より指紋だったか。
そして入国すると目にするのは、空港直結のショッピングモールであるJewelという大層な名前の施設。日本語のものや見慣れた店も多く、意外と日本も捨てたものじゃないじゃないかと思う。ハンズと無印良品がどんと並んでいた。

地下鉄の改札はクレジットカードのタッチ決済で処理できる。ビルが並び、チャイナタウンとリトルインディアがあり、様々な文化を飲みこんで膨れ上がった都市国家。
自分が観光で来るのであれば、シンガポールには来ないと思う。ここにはすべてがあるが、なにもない。マーライオン公園でマーラインを観た時にそう思った。感覚的に、ここが好きだというポイントが抜け落ちてしまっているのだ。論理的ではないけれど、場所が持つ力をある程度重要視している僕にとってはわりに重要なことなのだ。

マーラインが望んでいるのかは分からないが、プロジェクションマッピングで訳の分からない色に染め上げられてしまっている姿をぼーっと見ていると、突然首根っこを掴まれた。

声を上げる間もなく、視覚と聴覚を奪われ、袋に詰め込まれた。と同時に意識も失った。

目を覚ますと体はひどく疲れていて、自分が地面に座り込むような姿勢を取っていることを自覚する。僕は疲れていると不機嫌になるので、一人にしてほしいと思うタイプだ。ただ、こんな形で一人になるとは思わなかった。
何処かに捨てられたのか、声を上げようか、僕はなにかをしただろうかと思いを巡らせたが、その時にあることに気づく。恐らく自分はどこかに運ばれている、それもベルトコンベアのようなもので。動く歩道の感覚と一緒だったのだ。

頭の中では、マーライオンの中で強制労働のような環境で働く様々な人種という絵が浮かぶ。悪い予感か、僕はこれからこうなるのか。
シンガポール人というのは上手くイメージできないけれど、シンガポールという幻のような都市国家を支えているのはこういう人たちなのか?
悪い夢だったらいいと自分に言い聞かせて、頭に浮かんだイメージを振り払った。

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Haru
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