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映画「マネーボール」の台詞を多言語で

ブラッド・ピット主演の映画「マネーボール」。世界中で人気を博した名作であり、個人的にも10回以上は見ているお気に入りの一本だ。

Netflixでも試聴が可能であるため、設定を変えればさまざまな言語のサブタイトルをつけることができる。明らかに野球がメジャーでない国の言語も数多くあり、世界中で知られた作品であることを伺わせる。

そうした様々な言語において、野球用語まじりの表現は一体どのように翻訳されているのだろうか?日本語訳との大きな違いはあるのだろうか?ふと気になってしまったため、自分がある程度学習しているフランス語とスペイン語、印欧語ばかりでは面白くないのでトルコ語も加えて軽く分析してみることにした。

以下、作中に出てくる個人的にお気に入りの台詞二つを3言語それぞれの翻訳を紹介しつつ、その特徴を見ていきたいと思う。

"Your goal shouldn't be to buy players. Your goal should be to buy wins. In order to buy wins, you need to buy runs."

インディアンズのGM補佐であるピーター・ブランドがアスレチックスのGM、ビリー・ビーンにビル・ジェームズの理論を説明するシーン。統計学的の観点から、勝つために本当にすべきことについて説いている。

日本語

だが本当は選手でなく、勝利を買うべきだ。それには得点が必要です。

スペイン語

El objetivo no debería ser comprar jugadores, sino victorias.
Y para comprar victorias hay que comprar carreras.

英語とほとんど同じ構造の文である。ただし、「得点を買わなければならない・買う必要がある」という部分において、英語では2人称の"You"が使われているのに対し、スペイン語では人称を示さない表現"Hay que-"となっている。これは両言語の文法的な差異の一つであり、意味としてはほとんど同じである。後述のフランス語にも同様の形( il faut -)が見られる。

フランス語

Votre objectif devrait plutôt être d'acheter des victoires.
Et pour cela, il faut acheter des points.

「選手を買うこと」という部分が訳出されていないが、これは英語やスペイン語と比べると他の語がやや長いために、意図的に省略された結果であると推察される。また、「得点」という部分については"Points"という語が使用されている。

トルコ語

Amacın oyuncu almak değil, galibiyet almak olmalıdır.
Galibiyet almak için, sayı alman gerekir.

「目的」("Amacı" ここでは「あなたの」を指す二人称の所有格-nが付いている)という語に始まり、「買うことであるべきだ」"almak olmalıdır"という表現で終わっている。トルコ語と日本語は語順やその膠着語的な性格等何かと共通点が多いが、この文は先ほど見た日本語訳とはやや異なっている。

日本語の場合、「目的」を主語にした場合、動詞「買う」の後に「こと」を入れる必要がある。一方トルコ語は、この様なケースで動詞の原型"almak"をそのまま使うことができ、同じ構造であっても文全体がやや短くなる。翻訳について詳しいことを知っているわけではないのでなんとも言えないが、この点も翻訳するにあたってある程度のウエートを占めているのではないだろうか。

"Because he gets on base."

スカウト会議での一言。なぜ魅力のない選手を欲しがるのか、ベテランのスカウトたちに問われた時にブランドが返した、映画を通じて最も印象に残るセリフ(個人の見解です)。

日本語

彼は塁に出る。

スペイン語

Porque se embasa.

スペイン語には、「出塁する」を意味する"embasarse"という単語が存在しているが、これはスペイン語圏内に野球の盛んな地域が多いためであろう。スペイン語には、他にも"recibir base por bolas" (四球で塁に出る) "roba de base"(盗塁)などと言った表現があり、日本語の「出塁」同様に英語の言い回しがそのまま定着した結果であると考えられる。

フランス語

Il va sur la base.

一方、野球に馴染みの薄いイメージのあるフランス語にはその様な動詞が存在しない。そのため、やや直訳に近い形の"aller sur la base" (go on the base) という表現が使われている。それゆえ、語数の関係上"Because"にあたる部分が訳出されていない(本来であれば "Parce qu"il va sur la base"となる)。この訳で野球を知らない人に伝わるのかはさておき、どうやら"base"という語は翻訳する上で外せない部分であるらしい。

トルコ語

Çünkü sayı yapabiliyor.

"Çünkü"は接続詞で、英語の"Because"の様に理由を導くはたらきをする。"sayı yapmak"は「得点する(得点を作る・得点をする)」という意味を表すようだ。そもそもトルコは野球の盛んな国ではないし、「塁」に対応する語自体が一般的ではないのだろう。事実、先ほどの文にも"sayı"という語が使われていたが、こちらは「得点」を指していた。このことは、ルール自体が認知されていない中、視聴者にどれだけわかりやすく伝わるかを意識した結果なのか、それとも"sayı yapmak"という表現が「得点する」と「出塁する」はたまた「打点をあげる」の全てを表すことができる多義表現なのか。いずれにせよ、英語やスペイン語、日本語に見られるような用語の細かい区別はなさそうである。






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