染まれ、染まれ、わたしだけを好きになれ
この世界は美しい。街の灯りが幻みたいにきらめいて見えるくらいには。
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家が昔から近所で、家族ぐるみの付き合いだった。中学生になってからはお互いに忙しくなって、頻繁に会う機会は減ったが、たまに遭遇すれば、お茶したりご飯食べに行ったりして、近況を話し合った。
いつ好きになったのか、正確には覚えていない。ただなんとなく、同じ高校に通うようになってから、その姿をつい目で追っていた。
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高校2年の秋、修学旅行先の京都で、ふたりきりになれた。自由行動の班は5人だったけど、他の班の人に頼んでふたりきりにさせてもらった。
「あれ、はぐれちゃったか。桜、どうする?」
示し合わせたことだと気づくはずもない。
「時間も限られてるし、ふたりで回らない? そのうち、どこかで見つかるかもしれないし」
「それで撮ってよ」
写真部に所属するわたしは、「写ルンです」を手にしていた。部活のときは父親のお下がりの一眼を使っていたが、京都まで持ってくるわけにはいかなかった。
「じゃあ、いい感じにたたずんで」
鴨川沿いをぶらぶらしながら、わたしは彼をーー真澄を撮った。
切り取った一瞬は、わたしの手のひらの中で永遠になる。
「今、めっちゃ欲しいなー、って思うものある?」
橋の下のベンチに座り、川面を見つめた。きらきらしている。
ますみ、って答えたら、どんな顔をするだろう。真澄をわたしだけのものにできたら。切り取らなくても、ずっと永遠になってしまえばいいのに。
動け、動け、くちびる。たった二文字。
染まれ、染まれ、頬。わたしだけを好きになれ。
「好きな人ができたんだ」
うぬぼれの余命はいくばくもなく。
「再来週、誕生日なんだけど、女子って、何もらったら喜ぶのか分かんなくて」
顔を見られないように、川面のきらきらだけに視線を注いだ。桜、という花と同じ名前なのは、春に生まれたからだ。
この世界は美しい。街の灯りが幻みたいにきらめいて見えるくらいには。
きらめきがぼやけそうになって、慌てて指先で目元を拭った。
「人に聞いちゃだめだよ。自分で考えなきゃ」
恋を知った世界。恋は苦しいと知った。
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