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ドSな彼女Ⅱ 10
10
「他に話すことはないの?」
二個目のもぐさを亀頭の別の場所に乗せながら、里緒菜さんが訊く。
亀頭にお灸は一度だけではなかったのか。
絶望の中で、一本の蜘蛛の糸にすがるように、僕は美術室での全裸緊縛スケッチの事を話しだした。
「その場では射精大会にはならなかったの?」
長い話が終わった後、里緒菜さんが訊く。線香が一本燃え切った後だった。
スケッチ(写生)のあとだから、シャセイは射精になる。
僕は頭の中で漢字変換をしながら里緒菜さんの質問に答える。
「それはないですよ。曲がりなりにも美術部の先生もいたんだから。その日は美術部でのことで満足したのかドSトリオからのちょっかいもなかったし。だから今朝我慢できずに夢精してしまったわけで」
僕の答えに満足げにうなずく里緒菜さん。でもその手はゆっくりもぐさに火をつける。
すぐに激烈な暑さと痛みが僕の敏感な部分を襲ってきた。
うぐー。熱い。痛い。
きついお仕置きに泣きそうになるけど、何とか耐えることができた。
「頑張ったね。泣くかと思ったんだけど、いいわ。今日はこれくらいにしておいてあげる」
ふうーと大きく息を吐く。僕と同じくらいに里緒菜さんもほっとした表情だった。
その時僕はふと思った。
責める方にも覚悟というか、精神的負担があるのではないかという事だ。
もともと、里緒菜さんは好きな男子の快楽にあえぐ表情が好きだと言っていた。
それなら、寸止め手コキとかの甘々な快楽責めだけでいいはずだ。
僕もその方が嬉しいし。
好きな相手に苦痛を与えることは本意ではないはずだ。
なのに、どうしてこんなプレイになってしまうんだろう。
いや、プレイじゃなくてお仕置きだった。
僕がもともと悪いからお仕置きになるんだった。
里緒菜さんが好きでお仕置きしてるんじゃないんだ。
「ミチルくんって、大勢の女の子に辱められるのが癖になっちゃったみたいね。困った顔しながらも嬉しいんでしょ」
帰り支度しながら里緒菜さんが僕を見た。
どう答えたらいいか迷ってしまう。
「わかんないです。恥ずかしいことにドキドキするのはあるけど、それが性的興奮になってるかと言われると、少なくとも今はそんな感じしないです」
「今日はムラムラしてないからかな? じゃあ、明日からまた一週間禁欲生活だからね。おちんちんのお灸で懲りたでしょ。ちゃんと禁欲するんだよ」
僕のおでこを指で小突くと、里緒菜さんは先に立って砂浜を歩きだした。
その時の里緒菜さんの少し寂し気な笑顔で、やはり里緒菜さんも心に痛みを感じている、そう確信した。
次の日、昼休みの教室で木村留美が僕の席の横に立って言った。
「今日、また美術部に来てくれないかな。見せたいものがあるんだ」
また変に絡まれるんじゃないかと警戒するけど、留美の表情からは意地悪な雰囲気はなくて、嬉し恥ずかしみたいな感情が見て取れた。
「何の用事? 別に見たいものないし」
そっけなく答える僕に、種明かしするみたいに留美は言う。
「こないだ、ミチル君を描かせてもらったでしょ。出来上がったから見てほしいの。あたしらのはともかくとして、加藤先生のは一見の価値あると思うよ」
やはり留美の顔は喜びの表情であふれている。そんなにいい絵が描けたんだろうか。
僕も少し興味がわいた。
「わかった。行くよ」
僕がそう言うと、彼女は満足気にうなずいた。
そして放課後、美術室で待っていた物に僕は驚かされた。
美術室のスライドドアを開けて入ると、待っていた美術部のメンバーと、その中央に加藤先生が並んで立ち、にこやかに迎え入れてくれた。
どうぞ、見てみて、と壁の方を示されて、僕は左手の壁から時計回りに見て行った。
後ろ手に縛られた僕の背中やお尻の絵が、壁に掛けられている。
鉛筆画もあれば、水彩で色をつけたもの、イラスト調の物もあった。
後ろ向きで、顔が描かれていないものは、それが自分の絵だとはすんなり思えない。
でも、どれも艶めかしいというか、色気のある絵だった。
「これとこれがあたしのだよ」
順番に見て行くと、木村留美の絵に当たった。
あの時は、おちんちんばかり注目されているみたいで、彼女らもふざけて描いてるものと思ってたけど、みんな真面目に描いてあった。
留美の絵もなかなか素敵だった。
そして最後の絵が加藤先生作なんだろう。
ひときわ大きなキャンバスに、色気のある、そうだ耽美っていうのかな、うつろな目の官能的な緊縛少年の絵がフルカラーで描かれていた。
その絵には圧倒されてしまった。
ドキンと胸を撃ち抜かれた感じだ。
これが僕なのか? あんまり似てないと思うけど。
「いいでしょ。加藤先生も会心の出来だって言ってるよ」
留美が僕の横で言う。
「山本タカト風に描いてみたのよ。みんなは知らないだろうけど、私の大好きな画家さんなの」
そう言って加藤先生は僕に笑いかける。
「陰影薄くて平面的でしょ。平成の浮世絵描きと言われるんだって、山本タカトって。あたしもネットで探してみたんだけど、すごく素敵だったわ」
木村留美がニコニコして言った。
「という事で、実はお願いがあるんだけど……」
加藤先生のお願いは予想通りだった。
またヌードモデルを頼みたいとのことだ。
昨日までだったら、僕は問答無用に断っただろう。
でも、皆の描いた力作を見せられて、僕はそれもいいかなと思い始めていた。