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遠い遠い昔の物語。
東の国と西の国と呼ばれるふたつの国が、綺麗に並んでありました。
東の国の王と西の国の王はとても仲が良く、同じ年にお妃を娶りました。そうして、東の国には王子が生まれ、次の年には西の国に姫が生まれました。ふたりは幼いころから仲睦まじく、多くの時間を一緒に過ごしました。やがて、東の国の王子は心優しくまっすぐな青年に、西の国の姫は明るく聡明な女性に育ち、年頃になったふたりは、花が開くように愛し合うようになりました。そして、実を結ぶかのように結婚の約束をしました。東の国と西の国の王と王妃は心から二人を祝福し、国民はみな、二人の結婚を心から待ち望みました。
結婚を間近に控えたある日、東の国の王子は川のほとりへやってきました。
ふたつの国の間には、細くて長い川が流れていました。川は北と南に渡っていて、北へ流れる先には深い森がありました。厳かな空気に包まれた森は、はるか昔から神聖な地として、東の国からも西の国からも敬われ、誰一人、踏み入ったことがありませんでした。森の中には、この世の神が住まうと言われていました。
いつものように西の国に架かる橋を渡ろうとすると、ふわりと甘い香りが漂ってきました。王子は誘われるように川の北へ北へと上ってゆき、そして、躊躇うことなく森の中を奥へ奥へと進んでゆきました。すると、あたり一面に、白百合の花が咲き乱れる場所に行き着きました。甘く香っていたのは、白百合の花の香りでした。
「なんと美しい百合の花だろう」
今まで見たこともないほど美しく咲き誇る百合の群れに、王子はため息を漏らしました。
(姫にこの百合を贈ったら、さぞ喜ぶに違いない)
西の国の姫を思いながら、王子は一番近い百合に手を伸ばしました。すると、遠くのほうから自分を呼んでいるような声が聞こえました。王子が顔を上げると、見たこともない美しい女性が百合の中に立っていました。純白のドレスに身を包み、清らかな微笑みを浮かべている女性は、まるで百合の化身のように清廉な輝きを放っていました。

貴女は誰なのですか?

王子がそう尋ねようとすると、急に目の前が真っ白になりました。それから真っ黒になって、王子はあっという間に気を失ってしまいました。
美しい女性はゆっくりと倒れた王子に近づき、耳元にそっと囁きました。

「此処は時の住処。そして、私は時の女王」

 女王の言葉と共に、王子の時は止まり、世界中の時間は止まりました。

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