『アルカンシェル』大千秋楽ライブビューイングの感想2

 かなり日が経ってしまいましたが、感想の続きです。
 
 この日の『アルカンシェル』、マルセルが仲間たちとのやりとりからいろいろなものを感じ取って変わっていくようすが、すごくいきいきと伝わってきました。
 
 『うたかたの恋』や『ふたりだけの戦場』のときにも思ったのですが、人がなにかを強く願う姿や、懸命に行動する姿を目の当たりにすると、どうしようもなく切なく愛しいような気持ちになります。
  
 今までより人との付き合い方が少し不器用で、でもそんな自分を意欲的に変えて、前に前に進もうとするマルセル、精悍で男っぽくてかっこよかったです。
 
 生活を壊される辛さや、大切な人と引き離される辛さも悲痛に伝わってきました。それと同時に、元の生活を取り戻したいマルセルたちの思いや、マルセルとカトリーヌの互いを思う気持ちも、作中ずっと強く伝わってきていて、この作品、戦いを描いているけれど、伝わってくるのは、ひたすら、守りたいという祈りのような思いであるところが好きだな、と思いました。
 
 
 とくに印象的だったのは、マルセルがアンヌに「遅くまでありがとう」と言ったときのぎこちなさです。
  
 以前はもっとさらりと言っていて、マルセルずいぶん丸くなったんだな、とほっこりする場面でした。それが、あのぎこちない言い方で、マルセルがまた一つ成長する現在進行形の場面になっていて、言い方ひとつでこんなに違うんだ、とびっくりしました。

 そうでした。マルセルって、アンヌとピエールが言葉にしなくても察してくれるのをいいことに、かなり雑な応対をしていました。
 
 せっかく呼んだピエールを置いていってしまう場面と、ジョルジュと話すためにアンヌとピエールを手で制して後回しにした場面が思い出されて、ダンスチーム三人の物語がくっきり浮き上がって感じられたのが、すごく面白かったです。
  
 そして、マルセルにとって自分の振り付けが他人にアレンジされるのはかなりのおおごとのはず、とか、それを任せることができるか自問自答しているうちに二人の大切さに気づいたのかな、とか、信頼すると言われたアンヌがマルセルの予想以上に嬉しそうだったから今まで二人に感謝や信頼を伝えていなかったと気づいたのかな、とか、ピエールの不在がよけいにいつもいてくれる二人のありがたさを感じさせたのかも、とか、いろいろ考えてしまいました。
 
 
 イブにたゆたえども沈まずの話をする場面もいつもと違って見えました。
 以前は、イブに話しかけられると、すぐに子供向けの優しい顔をするよう努力していて、その表情の移り変わりのリアルさやまっとうな大人感が好きでした。
 
 この日のマルセルは、そこまで器用じゃなくて、まだ厳しさを残した表情のまま話しだし、イブの元気いっぱいな言葉や笑い声につられて、笑顔になっていました。イブが守られるだけの存在じゃなくて、小さいけれど、互いに影響を与えあう仲間の一人、という感じがして、すごく好きでした。
 
 
 そのあとの「たゆたえども沈まず」。以前は曲の細かな抑揚を丁寧に歌っていてすごく綺麗だな、と感じていたのですが、この日はもう少し大らかで自由な歌い方に聞こえました。声がゆったり響いて、過去の時間やセーヌの風景に広がっていくように聞こえたり、船乗りたちが協力し合って船を沈ませなかったことを、心に刻むように歌うところでは、前向きマルセルらしい精悍さが感じられたりしました。一番好きなのは「風に向かい帆を張って行く手見据える」のところです。毎回、聞いてるこちらの胸の中にも風が吹いて広い空間ができていくような感じがします。
 

 「SWING」を弾き始めたマルセルが、驚く周りの人たちに「合わせて」と囁くの、久しぶりに聞いた気がしました。ライビュでは映っていなかったけれど、「ロケットガールの足!」あたりでフリッツの思惑を察して、いい感じに合わせてやる、って思ってそうな、マルセルの油断ならない眼差し、本当に好きです。
 
 歌っているあいだに昔からの友達みたいに仲良くなったフリッツに、曲が終わってから肩をポンとされて複雑な顔になるところ。
 
 ココナツパラディのあと、フリッツの「国籍や人種、宗教や政治的信念が違っても……」という言葉がマルセルに響いてなさそうなのは、フリッツの見通しの甘さが、立場の違いゆえの気楽さから来たものに見えたからかな、と思うんですが、マルセルはもう「SWING」の時点で、音楽でどれだけ仲良くなっても社会的な隔てはなくならないことを実感してしまっているように見えます。
 で、だからこそ「いつか、また、パリでスィングを聞ける日が必ず来ます」という、マルセルたちの立場にならないと出てこない言葉をフリッツが言ってくれたことに、胸を打たれたのかな、となどと思いました。
 
 あと、カトリーヌとのやりとり。二人の心の距離が縮まったり、好きにならないようお互いセーブしたり、それでも気になったりしているようすが、本当に細やかでリアリティがあって、感想が山ほどあるので、後日に続きます。
 
 このブログは、このあとものんびりと『アルカンシェル』や柚香さんの他の出演作について語り、ときどきその他の話もちょっとする、という方針でやっていきます。

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