花組『アルカンシェル』の感想9

 5月9日13時公演と5月11日11時公演の感想です。
 
 東京公演をはじめて見たとき、話のスピード感があがってあっというまに終わったと感じたのですが、今回は、マルセルが話をぐんぐん引っ張っていく推進力はそのままに、一つ一つの事件がよりドラマチックに感じられて、凹凸の激しい道のりを力強く駆け抜けていくような、すごいボリューム感でした。
 
 なかなか出口が見えない状況下にあるマルセルたちの辛抱強さや勇気、弱さや葛藤がリアルに表現されていて、でもトラブルの合間にはキラキラした楽しい時間もたくさんあって、周囲の仲間たちや通りすがりの人たちのいろんな悲喜こもごもも垣間見ることができる。いろんな人の人生が詰まった厚みのある物語だな、と改めて思いました。
 
 こんなふうにたくさんの人の生きざまをいきいきと見せられると、もう善悪関係なく一人一人が大切に思えてきます。
 最後にパリが解放されるところでは、マルセルたちに共感して「ここに至るまで本当に大変だった」としみじみ思うのですが、ドイツ側の人たちにも思い入れがあるので複雑な気持ちにもなります。そのうえ、現実の国際情勢の絶望的な状況も重なって、私の気持ちはぐらぐら揺れたのですが、複雑な気持ちはマルセルを筆頭に舞台上の人たちのなかにも少しずつあって、そんな彼らが歌う「たゆたえども沈まず」の力強さや、マルセルのまっすぐに歩いていく姿が印象的でした。
 なにをおいても一人一人が生き抜いていくことの尊さに変わるものはないというか、弱さや愚かさを抱えた人々ががんばって強く生きてきた道だからこそ輝かしいというか、そんなふうに感じました。
 
 このお話、アルカンシェルを勇敢に守っていくマルセルとカトリーヌが、本当は戦うことにはぜんぜん向いていない、弱さと繊細さを抱えた優しい人であるところがすごく好きです。
 
 あと、いろんな種類の楽しい場面があってどの場面も魅力的なのがいいなあと思います。だからこそ人生を守りたい、と思わせてくれるような、宝物みたいにとっておきたいような眩しい瞬間がたくさんありました。
 
 見ていて特に印象的だったのは、マルセルがふと己のありかたについて考えているところでした。
 振り付けをアレンジしたいというアンヌの申し出を葛藤の末に許諾し、そのあと自問自答するように一瞬止まったところ。自分が変わっていくことについて、これでいいんだと自分に言い聞かせているようでした。
 カトリーヌが部屋に来たとき、アメリカのモダンダンスだ、とポスターを説明したときのわずかな躊躇。今まで人生の指針だったろう将来の夢を後回しにしてしまっているという複雑な心境でしょうか。
 
 変わる前のマルセルや、変わっていく自分を外側から観察しているマルセルが見えてきて、もう舞台上にしか存在しない人とは思えなかったです。
 
 他にも、細やかな仕草や表情でマルセルの内面の物語が感じられるところはたくさんあったのですが、この、変わっていく自分を客観的に見ているところは、作品の中心部分となるマルセルの歩みを陰影豊かに浮き上がらせる感じがして、本当に印象的でした。
 
 他に、慰問のときにペペがカトリーヌの歌を聞いているところも印象的でした。この人は自分が助かると少しも思ってなくて、ただ美しい音楽をありがとう、って思ってるんだな、というのが改めて刺さってきて……、今までなんとなく、救助されるという前提で見ていたのですが、ペペからしたらそうじゃないから、イブに会えたときや一緒に歌えるときの感無量さがあるのだな、と見ていてすごく泣きそうになります。
 
 カトリーヌの「待ちましょう」も本当に美しくて、希望のない収容所暮らしだったぺぺの心にどれだけ沁みただろう、と思いました。
 
 そして、そんなペペを助けるためにマルセルがコミカルなピエロを演じているところや、フリッツがわからないなりになんとか合わせていくところがすごく好きで、明るく楽しい雰囲気なのに、実は命がけで切実な局面、というのも好きです。
 
 驚いているカトリーヌに、マルセルが一緒に踊るように促して、うまく作戦に誘導しようとしたときの動き、すごく優しくカトリーヌを労わっていて、でも一生懸命「踊って」って伝えようとしていて、すごく好きでした。ペペが歌えなくなったときに皆の注意を引いたり、冒頭のとき以上に身長不詳だったり(入れ替わっても気づかれないようにするため?)、フリッツとカトリーヌと並んで踊っているときの可愛さとか、もうほんと好きです。
 
 力尽きてきたので一旦切ります。続きは後日。

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