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50代|もがきながらも幸福度をあげるためにすること

ふと気づいたら「このままでいいの?」と不安に襲われることがありませんか?

「このまま定年を待つだけ?」「世間から必要とされなくなるの?」「老後のお金どうしよう」など。

50代にもなると、いろいろな経験を積んできましたよね。仕事、子育て、家事、人間関係、趣味など。その経験を必要としているひとがいると思います。

この記事では、不安な気持ちを整理して50代でも何ができるか、やりたいのかを見つけだす方法をご紹介します。

自分の棚卸をする

人生をふりかえり、新たなステップの準備をするために、自分の棚卸をおすすめします。
なぜなら自分の過去と向き合うことで自己理解が深まり、充実した人生を切り開くためのヒントがみえてくるからです。

そこで幼少のころからの記憶をたどり、楽しかったこと、つらかったことなど思いついたことをそのまま自由に紙に書き出します。誰に見せるわけでもないので、気持ちに蓋をしないで正直に書く

ただそれだけです。

大切なのは、あなたの感情と向き合うこと。

紙に書きながら、「そういえば自分はこんなこともしてきたんだな」「こんな感情を抱いていたのか」と気づきがあるはず。文字を目でじっくり見ることで少しずつ気持ちも落ち着いてきますよ。

その中からこれからもあなたらしく過ごせるヒントをみつけて、幸福度をあげるための一歩を踏みだしましょう!

棚卸のやり方

目的
過去をふりかえり、経験や価値観を整理
・心の整理と新たな目標設定

書き出す内容(自由に)
・好きだったこと、楽しかったこと、つらかったこと、実現したい夢
・成功体験や努力の成果
・気持ちの変化
・仕事、健康、趣味、人間関係、お金のことなど

ここからは私の棚卸の一部をご紹介します。

約50年分の振り返りなので、長くなってしまいました。
あなたの棚卸の参考になりそうなところだけ読んでみてください。

【幼稚園のころ】
牛乳が大きらいだった。
卒園式の時、さみしくて家で泣いた。

【小学生のころ】
・性格は活発だった。
・マラソン大会で10位以内、水泳はクラス対抗リレーの選手に選ばれた。
・絵本、童話が好き、夏休みの宿題で童話を書いた。
・枯れていた植物の世話をしたら新しい芽がでて先生にほめられた。
・そろばん教室に通い、珠算初段、暗算一級取得。
・ピアノ教室に通ったが、好きになれずやめた。
・将来なりたかった職業は客室乗務員、花屋さん。

【中学生のころ】
高校受験の勉強時間を取るために、文科系の美術部に入部。
・交換留学、エンターテインメント業界に興味があった。
・3年生の12月、母が職場の上司と不倫、置手紙を残し突然家を出た。
悲しむ暇もなく、受験生なの急に家事全般をやらないといけなくなった。
・2歳上の兄の弁当も作った。
・母が出ていった次の日、学校の帰り道で親友にそのことを打ち明けた。少しだけ気持ちが軽くなった。
・噂が広まるのが早く、人が集まる場所にいくと「私の家のことを話しているのではないか」と気になった。
・精神的にきつかったけど志望校に合格。

 【高校生のころ】
新体操部入部。1年生からレギュラー入り、3年生で県大会出場。部活に全力を注いだ。
・授業が終わってからダンススクールに片道1時間かけて通った。
・活動的な反面、時々ひとりになりたくなることがあった。そんな時はお弁当を校舎の裏側でひっそり食べることもあった。
・父から金銭的に大学にいかせる余裕がないと言われ、進路を就職に変更。
・地元の大手自動車メーカーに就職決定。

 【18歳~25歳のころ】
初めての職場では人事課に配属となった。期間従業員や新人の受入れ、勤怠管理、退職者手続きなどのアシスタント業務を担当。
・父が相談もなく再婚し、継母との同居がはじまった。
・親戚を通じて母と再会し、母の立場での離婚理由を聞く。その時は身勝手だと思った。
・20歳の記念にカナダ&NYへ旅行。『赤毛のアン』の舞台になったプリンスエドワード島に行くことが目的だった。
・継母の陰険な態度に耐えられず、一緒に暮らすことを避けるために一人暮らしをはじめた。
・ダンスカンパニーのオーディションに合格し、上京を決意。

【東京での生活】
・築30年のおんぼろ木造アパートに引っ越し。
・ダンスカンパニーは1年で解散。途方にくれるも、舞台制作のアルバイトを紹介してもらった。
・念願のエジプト旅行。
・29歳の時、伝統芸能俳優のマネージャー として就職したが、2年で退職。
・30歳でPR会社に勤務。一見華やかな世界にみえるが地味な仕事が多い。
・書くことが苦手で資料作成がものすごくおそかった。
・PR活動の一環で海外出張も経験した。
・夏休みに初台湾旅行。以来、休みのたびに行く特別な国になった。
・台湾のタレントにハマったことを周りに話していたら、紹介記事を書くことになった。体感したことは書けるようだ。
・好きなことに対して散財したため貯金ができなかった。
・夜遅くまで働く日々が続いた。
・43歳の時、仕事の忙しさに心がついていけなくなり、環境を変えることを決意。夢だった台湾語学留学に挑戦するため退職。
<この頃の趣味> 旅行、ヨガ、カフェ巡り、花の写真を撮影する、読書、映画鑑賞
<勉強したこと>フラワーエッセンス、中国語

【台湾語学留学のころ】
・留学エージェントは利用せず、自力で準備を進めた。
・日本人が少ない環境を求め、台南の大学付属語学学校に入学。寮生活はさけたかったため、自力で住まいを探した。念願の台湾生活スタート。
・緊張が続き、体調に異変が現れた。めまいやバネ指といった症状が出始め、更年期の兆しを感じるようになった。
・思うように勉強が進まないことにあせり、授業中に泣いたこともあった。
1年が過ぎる頃には少しずつ一般的な会話ができるようになった。
・季節ごとのイベントを体験できた。
・留学の目的は「台湾に住んでみたい」という夢を叶えることだった。高卒は就労ビザがおりず、約2年間の留学生活を終えた。

【帰国後のこと】
・前職の社長から連絡があり、もとの職場に復帰。東京でふたたび忙しい生活がはじまった。
・数年後、新型コロナウイルスの影響で在宅勤務が始まった。このころ、自分の中で仕事に対する熱意が以前ほど強くないことに気づいた。
・思い切って東京をはなれ、地元に戻ることを決意。25年の東京生活はたいへんなこともあったけど、刺激的でたのしい日々だった。
<勉強したこと>:ハーバルセラピスト、薬膳アドバイザー、日本キャンド
ル協会認定クラフトコース、ロスフラワー

【現在】
・派遣社員として企業ミュージアムに勤務。
・有期派遣の先行きに不安を感じる。
・近い将来介護問題もあるだろう。
・自分の健康も不安。
・場所にとらわれない生き方をするには、書くスキルが必須だと改めて気づき、ライティングスクールに入学。学びの途中。

再認識したこと

書くことに苦手意識をもっている→ここを解決して収入源を増やしたい
・海外に興味がある
・旅行が好き
・両親の離婚で心が傷ついた
・ドラマを地でいく家庭だった
・落ち込んでいる暇はないと思ってきた
・誰かのせいにしても解決しない
・夢の半分をかなえた
・無計画にお金をつかって貯金がない
・興味をもったを広く浅く勉強した
・給料(将来は年金)+5万円の収入がほしい
・健康第一で過ごしたい

まとめ

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

紙にはもっと細々書いています。他にもドロドロしたことがたくさんありました(笑)
棚卸は、仕事、人間関係などポイントを絞って深掘りするやり方でもいいと思います。

書きながら、「あの時、別の行動をとっていれば」と思うかもしれません。
でも、そこに気づけたのなら、その行動を実行にうつせばいいですよね。

「今からでも遅くない!」と信じて前に進んでいきましょう。

この記事を読んで、少しでも不安がやわらぎ、幸福度をあげるきっかけになると嬉しいです。


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