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生成AIは本当に利益を生むのか?直面する現実と展望

先日、米国のテクノロジーメディアであるThe Informationが驚くべきニュースを発表しました。ChatGPTを大ヒットさせ、その後もGPTのマルチモーダル化や動画生成AIであるSoraなど新機能・新サービスを立て続けに開発し世の中を騒がせてきたOpenAIが、2024年度は7700億円もの赤字になるという記事です。OpenAIは公式で財務状況を公開しているわけではないため、全て予測上の数字にはなりますが、年間収益は5400億~7000億円、年間費用は1兆3000億円ほどであると見積もられています。費用内訳は、Microsoftから借りているAI処理サーバーが約6200億円、AIモデルの学習に4700億円、人件費に2300億円となっています。
収益内訳は記事内では言及されていませんが、Wing VCのパートナーであるZachary DeWitt氏の推定では「55%がChatGPT Plus、21%はChatGPT、15%がAPI利用料」とされています。

OpenAIの収益内訳

企業利用も入れると、ChatGPTが収益の76%を占めている計算になります。OpenAIが財務の健全性を確保するには、コストを下げつつ収益を増加させる必要がありますが、ChatGPTを中心とした収益源の拡大余地はどのくらいあるのでしょうか?

ここで確認したいのが、「実際、ChatGPTはどれくらい使われているのか」というデータです。リリース当初、歴史上最も早く1億人ユーザーを突破したサービスとして歴史に名を刻んだChatGPTですが、Web版の月間セッション数を見ると実は15億~20億をうろうろしており伸び悩んでいることがわかります。

Liquid Studio

リリースから現在に至るまで、GPTsやGPT-4oなど様々な新機能が追加されているにも関わらず、実は利用数は伸び悩んでいるのです。

ちなみに、ChatGPTの利用頻度というデータも同様の傾向を示していることがわかります。Reuters Instituteの調査によると、2024年5月時点で毎日ChatGPTを使用しているユーザーは3~4%程度しかいません。国別にみると、米国が6~7%程度で最高となっており、日本はわずか1%ほどです。さらに、ChatGPTを触ったことがある人のうち、半分程度は1回か2回触っただけでサービスを離れてしまっています。ChatGPTは、その魔法のような体験から急速にユーザーを増やしました。しかしユーザーをリテインできていないという事実は、実際のところ「ChatGPTはPMF(プロダクト・マーケット・フィット)はしていない」と解釈することもできそうです。

Benedict Evans: The AI summer

なお、OpenAIの収益の21%を占めている企業利用に関しても、世間一般で持たれているイメージより生成AIの活用は進んでいません。Bainの調査によると、最も活用が進んでいるソフトウェアエンジニアリングの領域でも、本番環境で導入されているのは20%程度にとどまっています。一般的に活用が期待されているマーケティングでは10%、営業では5%ほどとなっています。

Benedict Evans: The AI summer

過去数度あったAIブームでも、企業利用では実証実験止まりで本番導入がなかなか進まないという現象が散見されていました。上記グラフを見る限り、実験導入の割合は30%程度であることがわかります。ここからどこまで本番導入に漕ぎ着けられるか。マーケットサイズが大きい企業需要を取り込むことは、生成AI業界にとって重要なポイントになってきます。

ちなみに、海外でZ世代を中心に大ヒットしている、様々なキャラクターとチャットができるAIチャットサービスであるCharacterAIも、ChatGPTと同様収益化に苦しんでいます。
1週間の平均利用時間で見ると、ChatGPTが22分であるのに対しCharacterAIは372分と、圧倒的なユーザーエンゲージメントを誇っています。

X: @apoorv03

そんなCharacterAIですが、毎日使うユーザーが600万人いるのに対して、課金しているユーザーはわずか10万人ほどです(月額9.99ドル)。一方、毎月の運用費は30-45億円程度かかっており、最終的にGoogleへ売却されてしまいました(Medium)。

あくまで2つの事例しか見ていませんが、両方とも生成AI業界を代表するサービスです。アプリケーションレイヤーの生成AIプレイヤーは収益化で苦労しているケースが多いと考えても差し支えないでしょう。

一方、GPUメーカーであるNvidiaは、読者の皆様もご存知の通り絶好調です。売上は右肩あがりで、2024年の6月18日には時価総額で世界1位に躍り出ました。

日本経済新聞社

アプリケーションレイヤーのプレイヤーは儲かっておらず、インフラレイヤーのプレイヤーは儲かっている。その状況を鑑みると、「プラットフォームレイヤーのプレイヤーはどうなのか」が気になると思います。アプリケーション・インフラ・プラットフォームは全て密接に連動しているため、プラットフォームがどれだけ優れた開発基盤を提供してくれるかは、生成AI業界全体の発展に関わってきます。

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プラットフォームレイヤーは、Google CloudやAWSなどクラウドコンピューティングサービスを提供しているプレイヤーが代表的です。ここでは、例としてMicrosoft Azureを取り上げたいと思います。

Microsoftは、7月30日に2Qの最新決算を発表しました。同社にとって収益の成長源となっているAzureの売上は前年同期比で29%増加していますが、1Qの前年同期比の増加率が31%だったため、増加率でみると2%減少していることになります。投資家は、これを「生成AIが同社のクラウド事業の収益につながっていない」と見て株価が下落しました。
2022年11月にChatGPTが登場して以降、MicrosoftはOpenAIとのパートナーシップをベースに生成AI投資を続けていますが、2022年11月以降クラウド事業の売上増加率はほぼ横ばいとなっています(下グラフの赤線)。オンプレミスからクラウドへの移行需要は堅調なためクラウド事業自体は継続的に成長しています。しかし、売上増加率が横ばいであることは「生成AIがその成長の加速に貢献していない」ことを意味しています。

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重要なのは、Microsoftは生成AI事業への投資を急拡大させているという点です。下図の棒グラフが示す通り、2022年11月移行、設備投資費(GPUの購入費用+データセンターの建設・リース費)は右肩あがりに伸びています。

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つまり、「生成AIへ積極的な先行投資を進めているが、まだ回収できていない」というのがMicrosoftの現状であり、これはおそらく他のプラットフォームプレイヤーも同様である可能性が高いです。
そして、MicrosoftのCEOであるAmy Hoodは、この投資回収に15年程度かかる見込みだとしています(Business Insider)。

この「15年」という期間をどう考えるか。
一般的に、インターネットビジネスにおいて投資回収にかかる時間は徐々に短くなってきています。下記チャートで示している通り、インターネット黎明期に登場したブラウザであるNetscapeは、黒字化まで16年かかっています。その後の大きな波であったクラウドコンピューティングについてはAWSが7年、Web2.0についてはFacebookが4年と、徐々に黒字化までのタイムラインが短くなってきています。リアル世界の商材やコンテンツが関係してくるITサービスはこの通りではありません(Uberは14年、Spotifyは18年かかっています)が、俯瞰的にみるとこの傾向は存在しています。

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Microsoftが宣言した「15年」という期間は、このマクロトレンドに逆行していることは事実です。そして、投資家はどこまでこの先の見えない投資に耐えることができるのでしょうか。

ウェブサービスの世界において、アプリケーションとそれを支えるプラットフォームは密接に絡み合っています。儲かるアプリケーションがあるからプラットフォームが儲かるし、優れたプラットフォームがあるからアプリケーションが儲かります。これは生成AIの世界でも同様で、一般消費者が日常的に触るアプリケーションレイヤーが繁栄するには、優れたプラットフォームが必要です。現状儲かっていないChatGPTが儲かるようになる、もしくはChatGPT以外の儲かる生成AIサービスが登場するまで、Microsoftをはじめとするプラットフォームプレイヤーは厳しい投資家を説得しながら投資に耐え続けなければなりません。

Liquid Studioについて

Liquid Studioは、メディアエンタメ業界に特化した併走型コンサルティングスタジオです。生成AIなどの先端テクノロジーに強みを持ち、ビジネスと技術の両面からハンズオンでご支援致します。これまで、大手新聞社やデジタルニュースメディア、エンタメ系スタートアップ、雑誌社など多数の企業様に対し、社内セミナーや技術導入、戦略提案、オペレーション構築など多角的な支援を提供してきました。
HP: https://www.liquidstudio.biz/


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