自分らしく!
画像作ってて思った。何を偉そうに言ってんだと。前に進めだと?!腐るなだと?!笑えだと?!できるわけない!もう何度もだめだ…と。誰も助けてはくれない…と、もう笑えないよ…と。
病気になると風邪の時でさえ、普段の自分がどうしていたのか、わからなくなってしまう。普通ってどうなのか、息をするってどうなのか。元気だった頃に自分が普通にしていた事が思い出せなくなる。
生きるか死ぬかという状況でないけれど、このままゆるやかに死というものに向かっていくしかない…そんな諦めの人生…
旦那や子供たちが「いないと困る」と言ってくれても、いたからって何もできないどころか、逆に足手まといになっているのを実感すると、早くこの世を去った方がみんなのためなんじゃないかと思ってきてしまう。
不思議と小さい頃から第六感みたいなものがあって、あの世はすごく近い気がした。誰でも生まれたら死ぬ。これは100%。だからか死が怖いという事はなく、逆に死んだら生きていく苦しさから開放されるという感覚ですらいた。
かといって、自分で命を絶つという事はしない。それは第六感がある人ならわかるはず。それはなんの解決にもなってないという事を。
生まれて死ぬまで自分がどう生きたか。生き抜いたか。それが大切なんだと思う。何もない人生はない。そして病気に一度もかからず死ぬ人もいない。だれしも多かれ少なかれ通る道なんだと考えると、自分らしく、自分らしさを失わずに最後までやってやろうという気になってくる。
そして、交通事故の時もそう。コロナ禍で仕事を辞めざるを得なかった時もそう。もうダメだ…味方は一人もいない…ってもうどうにもならなくなってきても、それでも誰かを笑わせたり、誰かに優しくしたりしながら自分らしく生きていると、不思議な出会いがあり助けてもらったり、助かる方法を教えてもらった。
だから、もうダメだ…と腐らず、ダメ元で地元の内分泌が診れる脳神経外科クリニックの門をたたいた。が、断られた。
「あなたは医療に携わった事があるならわかると思うけど、〇〇先生(既往症の主治医)の手前、患者を診れない事になってるから。わかるでしょ?」
これで終診。
ただ、話しの中で「日本で一番の分泌の先生がいる」と先生の病院と名前を教えてもらった。メモなんていらない。忘れない!だって、もうここしか頼るどころないんだから。
私は帰ってから速攻、パソコンのMessengerで医局にメッセージを送った。個人情報だだもれの、今までの状況を書いた長文のメッセージ。このアプリが一言や二言を書きいれるものだとか、そんなのはどうでもいい!伝わる範囲で書いた。もちろん返信が返ってくるなんて1%もないだろう。そう思ったけれど、もうそうするしか助かる方法はない。藁をもすがる…この言葉はこういう時にピッタリだな…と、どうせ返事は帰って返ってこない…送信した後、そう思うようにした。
返事はきた。しかも日本一の先生直々だった。
そして丁寧に断られた…
そうだよね…こんなわけもわからない一般人が突然メッセージって、どうかしてる。しかも、色々な病院で検査して不明となれば、そりゃそうだ!
なんか涙が溢れてるのに、妙に笑えてきた。アホじゃん私!
でも…よく頑張った。勇気出したね。自分で自分を褒めてやろうじゃないか!そして、病気の事は忘れて、この先の人生を自分らしく楽しく生きようと思った。
先生には感謝の言葉と、今後自分でやろうと思う今後の対策を書いて送信、スッキリ忘れよう!そうしてまた日常に戻った。
花木の植え替えや、店で枯れそうな激安の花を買ってきて、「お前は私が助けてやるからな!」と再生させたりして、精神を保っていた気がする。
数日して、なぜかMessengerから通知がきていて、返信があるようだった。開くと先生から一言質問が。すぐに回答し送信。なんだかな…
するとまた数日して返信。「もしかしたら診断はできなくても、症状の緩和する方法があるかもしれない」と試してみる価値があるかもしれない薬と、現在研究中の薬の事がかかれていた。
そしてなにより、「検査はできます」との心強い言葉が最後に添えられていた。
ただ、やるであろう検査では、脱力・構音障害・高血圧(220)など多くのショック症状が出現する可能性がある事と、服用するかもしれない薬に対して、過去の薬に対してのアレルギーやアナフィラキシーのリスクがある事から、その辺りの詳細なデータ(カルテや検査結果)を送らせていただいて、本当に受け入れ可能かどうか、検討してもらう事にした。
遠方という事もあり、症状が一度出ると、自力での歩行も困難であったり、1ヶ月近く強い症状が出続けて、介助なしには生活できなくなるため、そういった意味でも受け入れが可能か確認したかったからだ。
今までの経緯から、ここでほとんどの病院は「やっぱり無理」との回答で終わりとなる。だから、1%の希望。99%は断られる。そう思って待つとしよう。
先生からは「少し時間がかかりそう」と言われたけれど、メッセージには温かさしかなかった。今までには得られなかった、人として話しを聞いてもらっている感覚は、何の保証もないのに、安心感すらあった。
これからは毎日、今までやっていたように旦那や子供たちの笑顔を見て幸せをもらい、言葉を発せない植物の声に耳を傾け鮮やかに咲いてもらい、夏野菜を育てて収穫に感謝し、風をきって自転車を漕ぎ遠くの農家まで野菜を買いに行き、生きてるというだけで幸せなんだと思い時間を過ごそうと思う。
病むとどこまでも病み、病みは闇になり、世界が終わればいいとさえ思った。でもあれから戦争が起こり「どうか誰も死なないで」と思い、観光船が沈んでしまって「どうか助かって」と願い、せめて自分以外の人は生きて欲しいと思うようになった。
やっぱり世界中のみんなが生きて、そして幸せになって欲しいと思う。
これが私なんだ。自分を見失ってはいけない。私らしく生きよう。
病気に振り回されない、自分らしい自分。
みっともなくていい、間違ってもいい、それもひっくるめて自分なんだから、怖がる事なんてないんだ。
前に一歩進もう。いや、進め!自分。