母方の祖父の話

みなさん、お久しぶりです。

体調お変わりないですか??


今日は少し、私の祖父の話を
させてください。




母方の祖父は今から20年前に
脳梗塞で倒れ、右半身麻痺になりました。

倒れた当時私は4才。
それ以前の祖父の記憶は無く、
気づいた時にはずっと右半身麻痺でした。

20年前からずっとデイサービスに通って
いましたが、幼い私は祖父がどこへ
出掛けているのか分からず、
そんな私に祖母は
「じいちゃんはお昼寝しに行っている」と
説明していました。
実際はきちんとリハビリ受けていたのは
後に聞いた話。



右手、右足はもちろん動かず
失語症もあり、言葉も思うように出ない祖父。


そんな祖父の通訳担当は
やはり祖母です。


じいちゃんはこういってる、
じいちゃんはこう考えていると
瞬時にわかるようで、本当に関心
してしまいます。


それでもやはり伝わらない、分からない
ことがあるようでよく祖父は静かに
泣いていました。
祖母が「悔しいんだってー、じいちゃん
変だねー」って私や弟の前で笑って
見せていた姿をはっきり覚えています。


介護歴20年。
祖母は本当に偉大です。


祖父は昔獣医さんだったらしく
よく「牛に注射をしていた」など
祖母や母から聞かされていました。


動物が好きで、
よく縁側にパンの欠片や
庭の木にりんごを刺しておいて
それを食べに来る鳥を眺めるのが
祖父の日課。


性格は穏やかで生真面目。
そして祖母いわく、頑固。本当に頑固。

毎日決まった時間に起きて、
決まったテレビ番組をみて、
決まった時間に寝る。

日々のルーティーンは絶対崩しません。


麻痺になってから始めた塗り絵は
本当に綺麗すぎてびっくりします。
几帳面な性格で何時間もかけて
少しづつ塗り重ねる祖父の塗り絵は
デイサービスでも評判だったらしい。



そんな祖父ですが、
少しづつ身体の衰えもあり
5、6年前にデイサービスから
施設入所になりました。


そんな祖父のために祖母は
ほぼ毎日施設に会いに行っていました。



私も仕事が休みの日には
祖母の送り迎えで祖父の元に
会いに行っていました。
私の顔を見る度に
大きくなったというジェスチャーと
いくつになった?と聞いてくれて
いました。


少しづつ、誤嚥性肺炎で入院する
回数が増え、体力が落ちていく中での
コロナウイルス。


私達はもちろんのこと、
あんなに毎日通っていた祖母も
面会出来なくなりました。


施設のスタッフさんがiPadを使い
オンライン面会などをやったらしいですが、
高齢の祖父、祖母にはイマイチ理解が
出来なかったようでした。




本日、母から電話で
祖父が誤嚥性肺炎で入院したこと
ついに看取りに入るだろうと
聞きました。


ついに来たかと思いました。



もちろん面会は出来ません。


残りの期間は祖父の体力次第。


今になってもっと会っておけば…
なんて思ってもどうしようもないし、
正直、祖父の頑張りを痛いほど
幼い時から見てきたので
どうか祖父が痛み、苦しみ無く
最後を迎えられるよう願うばかりです。


病院のスタッフさん、
施設のスタッフさん、
祖父をよろしくお願い致します。


早く日常が戻りますように。




ハル


今日のひとこと
ケセラセラ精神でいないと
やってらんないねー!!!



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