冬至かぼちゃを作りながらふと思ったこと。名前なんてなんだっていい。中身は変わらないのだ
12月21日に冬至かぼちゃを作った。
かぼちゃと小豆を一緒にゆでる、冬至の日に食べる冬至かぼちゃ。
我が家では父が好きなので、冬至以外にも作ることがある。
冬至かぼちゃは、かぼちゃと小豆のいとこ煮ともいう。
要は、冬至以外にも食べたっていいってことだ。
と勝手に解釈している。
冬至かぼちゃを作りながら
なんだ、そういうことか
と思った。
別に、名前なんていくつあったっていい。
状況によって同じものが違う名前で登場したっていい。
こだわりや風習にとらわれて動けなくなるくらいなら
外側だけ変えちゃえばいい。
中身は何も変わらない。
変えなくていい。
好きなものを我慢するくらいなら
違う名前にして食べちゃえばいい。
好きなことを我慢するくらいなら
こだわりを捨てて、違うものとしてやっちゃえばいい。
中身は何も変わらない。
変えなくたっていいんだ。
そんなことを思いながら長い夜を過ごしている。