#私たちは女性差別に怒っていい
twitterで #私たちは女性差別に怒っていい が盛り上がっている。きっかけは東京医大の受験において、女性だけが減点されていた事件。もちろん、ひどいなと思った。許せることではない。
でも、わたし自身もこの差別に加担しているのではないかと、ふと思ったのだ。
我が家は共働きで、2人の子どもがいる。しかし、夫の家事育児分担はほぼゼロ。何度お願いしても、仕事が忙しくてできないと言う。働き方を変えて欲しいと頼んでも、無理だと言う。そのことで何度もケンカになり、家事育児、そして仕事に疲れきったわたしはついに何も言わなくなった。
わたしの心には、こんな思いがあったのだ。
母も、家事育児は全てやっていたしなあ。それに、共働きといっても夫の方が稼いでいるし。
夫にも、当然このような思いがある。
俺の方が稼いでいるし、お前は時短勤務できてるんだから時間あるだろ。男は外で働くものなんだから。
わたしの母は(今は働いているけれど)子どもが小さい頃は専業主婦だった。夫も同じ環境で育った。だからこそ、このような考えが刷り込まれていった。
夫の稼ぎがいいのは、日本社会において男が優遇されているからだ。わたしは人材コーディネーターとして働いており、他人の給与決定にかかわる場面に立ち会うが、「男性だから」という理由で「女性よりも高い給与」が支払われる例をたくさんみてきた。
今、わたしの稼ぎが低いのは、「女性だから」という理由。子育てを一手に担う必要があるよねと判断され、時短勤務をしているからだ。
この状況に反発を覚えながらも従っているわたしは、間接的に差別に加担していることにならないだろうか。このような家庭で育つ娘と息子は、「家事は女がするもの」と思い込んで育ってしまうのでは。わたしたちがそうであったように。(さらにタチが悪いことに、わたしが仕事をしているので「共働きでも家事は女がするもの」と思い込んでしまうかも)
わたしは、娘と息子のためにも、黙って家事育児を引き受けることをもうやめようと思う。今までと同じように、何度もケンカするだろう。夫からしたら、今までやってくれていたのになんで?と思うかもしれない。もしかしたら離婚になるかも。でも、黙ってやらない。わたしたちは変わらなければ。
それと同時に、社会全体でも女性の地位を向上させていってほしい。だって、わたしがいくら家庭で夫を教育したって、社会が女性に差別的なメッセージを発し続けていてはなんの意味もない。
夫が居酒屋で「家事も育児も大変でさ」とこぼせば「うちは奥さんがやってるよ」「お前働いてるのに家事も育児もやってるのか?」と同情する男友達が必ずいるだろう。社会が変わらない限り、夫に家事育児をさせることは、夫にとってわたしの「わがまま」になってしまう。
「家事育児、大変だよな。お互い頑張ろうぜ。父親なんだし」「この家電、便利だよ」「おすすめの子連れスポットがあってさ」そういう話が男性の間でも当たり前に出るようになって欲しいなと思う。